櫻子③(櫻子編終わり)

 高校に入ると里香と別々のクラスになった。里香は櫻子と同じ予備校に通うようになり、櫻子と里香はよく2人で授業が始まるまでの時間を、フリースペースで過ごすようになった。


 亜美はこれまでと同様、たまに、櫻子と里香に声をかけた。亜美は少しだけ2人と話すと、じゃあ後でね、と言って、すぐにフリースペースを退散していった。


「里香ちゃんってさ、この学校入るのも余裕だったくらい頭よかったんでしょ?」と櫻子が言った。

「いや、別にそんなことないけど……」と里香。

「そう聞いたよ」と櫻子は調べるように言った。

 里香は無言のまま、水筒のお茶を飲んでいた。


 里香の言っていたことが本当だと気がついたのは、大学受験が終わった時だった。櫻子が都内の国公立への進学が決まる一方で、里香は浪人が決まった。


「浪人ってすごいよね」と櫻子は里香を慰めるように言うと、誕生日プレゼントとして、ディオールのリップを渡した。里香は一瞬驚いた顔をしたが、満面の笑みで、ありがとう、と言った。


 10ヶ月後、里香から大学に受かったとの連絡が来た。AO入試を受けたらしい。大学名を見て驚いた。母校からその大学に行く者は成績底辺層。偏差値60くらいの私立大学だった。


 里香とは高校卒業後もたまに会うような仲だった。櫻子は青山にある行きつけの高級イタリアンに里香と来ていた。シェフの腕が良く、高校の頃からのお気に入りだった。


 里香は好きな人でもできたのか、似合わない濃いメイクで現れた。唇につけているリップは、前に里香に渡したものとは別のデパートコスメであることに櫻子は気がついた。

「そのワンピース、ルミネで売ってた新作だよね?」と櫻子は言った。

「そうそう」と里香は言った。里香の着ているノースリーブの水色のワンピースは2万円くらいの代物だ。櫻子は買うのを悩んで、自分には似合わないと諦めたのだ。里香にはよく似合っていた。よく見ると、履いているハイヒールもジミーチュウだ。ブランドにまるで興味のなさそうだった里香がすっかり人が変わったようになっていた。


 苦学生の集まる国公立で、金銭感覚の合うものはそうはいなかった。私立大学とは恐ろしいなと櫻子は思った。


「最近、SNS始めたんだよね」と里香は言うと、アカウントを櫻子に教えた。櫻子はフォローして、これまでのつぶやきを見てみた。居酒屋バイト始めた〜と呟いてあった。


「居酒屋でバイトしてるの?」と櫻子は蔑むように言うと、ワインを飲んだ。

「まぁね」里香も一口ワインを飲むと、美味しい、と呟いた。

「私立大だと、居酒屋バイトとかするんだ。どこで働いているの?」

「ただのチェーンだよ。社会勉強かねて始めたんだけど、客層悪すぎて、最近はストレスで体調崩した。あんな安っぽい酒、なんで飲みたいって思うんだろうって思いながらやってる」と里香は言った。


「櫻子ちゃんはバイトしてないの?」と里香。

「してるよ。個人指導塾で。時給も高いし、変な客もいないし、生徒とお喋りするだけだから楽だし、いいよ」

「塾か、ありだなぁ。シフト週一とかでもできる?」と里香は言った。

「週一の子なんでざらにいるよ」

 シェフが櫻子に挨拶に来た。里香はその様子をじっと見つめていた。

「そういえば、この間、亜美ちゃんとごはんいったんだけどね、櫻子ちゃんってさ……」と言うと、里香は続きを言い淀んだ。

「あの子、嘘つきだよ」櫻子はとっさに里香に言った。

「え?」

「私、嘘つく人の特徴わかるんだよね。全部当てはまってる。あの子の言うこと全部、嘘だから。知ってるんだと思ってた」


 里香とはその日以降会っていない。いくらメールを送ろうとも全くもって返信がこないのだ。


 里香のSNSは毎日のように更新されている。内容に対したものはない。それでも、パスタが美味しかった、アメリカ楽しい、カラオケ久しぶりにきた、という誰かとどこかで遊んでいることを彷彿とさせる投稿は、櫻子の心中を穏やかにすることはなかった。


 それでも櫻子は里香のSNSを毎日追い続けた。

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