櫻子②

 学校内に私の悪口が広まっていることに気がついたのはいつのことだろう。


-小学校の頃、櫻子はまりこをいじめていた


 その噂話を、学校の廊下の片隅で聞いてしまった。櫻子は地獄耳だった。


 入学当初から感じていた微かな違和感。


 誰かに話しかけても、相手が会話を続けようとさえしない。お弁当を誰かと一緒に食べようとすると、次の日からは私が目を離した隙に、皆どこか別のところに行ってしまう。移動教室を誰かとしようものなら、まるでいない人のように扱われる。もちろん誰にもカラオケ一つ誘われない。


 話している時の目の泳ぎ方や、内容でなんとなくわかってしまう。皆が私を避けている、と。それでも、気にしすぎだ、と考えて、これまでなんとか自分を保ってきた。


 しかし、気にしすぎというのが安易な考えだと、廊下の会話で理解した。薄々気づいていたとしても、それが現実になるかならないかでは、天と地ほどの差がある。


 ねぇ、里香。あなたはどうなの。私の噂を知っているの?知った上で付き合ってくれているの?それとも知らないから付き合ってくれているの?


 家に帰ると、頻繁に我が家に出入りしている高級酒屋の営業が応接室で、父親と話をしていた。営業は、白い手袋をして、茶色の液体が入った瓶を取り出した。


「こちらのリシャール・ヘネシーは瓶に竜型をあしらった貴重な代物です。現在は、世界に2つしかございません。お取引先も大変お喜びになられます。その価値がわかるものであれば」

 父親は不適な笑みを浮かべた。

「話も弾むかな?」

「もちろんでございます。リシャール、特にリシャール・ヘネシーの力は偉大です。本音も垣間見え、大きな取引も期待できるというもの」

「ではそれを2つ」


 櫻子には酒の種類も、その効果もわからなかった。でも今は、里香の喉元に、その酒を流し込んでやりたい。そして全てを吐かせるのだ。なぜ私とつるんでくれるのか、そして私の噂を知っているのかどうか。


 作戦を立てなくてはならない。まずは里香を家に誘い込む。そして、父親の部屋からリシャールを盗み出し、ジュースと言って里香に飲ませる。


 そこまで考えて、自分が異常な思考をしだしていることに気がついた。


 櫻子は学校鞄を自室に置くと、筆箱と財布と携帯をプラダのバッグに入れ替えた。プラダのバッグには塾の教材が入っていた。


 櫻子は商談を続ける父親をよそに、お茶の水にある予備校へと向かった。


 予備校には、櫻子と同じ学校の生徒が多く通っていた。フリールームで学校の宿題をしたり、予備校の予習をしたり、お菓子を持ち寄っておしゃべりに講じたりと、まるで櫻子の学校の生徒専用のサロンとかしていた。

「櫻子ちゃん!」話しかけてくれたのは、亜美だった。亜美は、学校が同じだったが、同じクラスになったことはなかった。予備校で一緒になってから、よく話すようになった。


 亜美は櫻子の目の前に座った。

「ねぇ、里香ちゃんってどんな子?」と櫻子は亜美に聞いた。亜美は学年で1番顔の広い子だった。

「里香ちゃんさ、中学受験の時に塾一緒だったんだけど、めっちゃ頭よかったよ。合格間違いなしで成績は常に塾でトップだった」と亜美は言いながら、コンビニで買ったミルクティーを飲んだ。


 櫻子は驚きも感心もしなかった。


「あとね、算数で偏差値80をとったことあったかなぁ」


 櫻子はその言葉に、胸の奥を、ぎゅっと掴まれるような、そんな不快さを感じていた。

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