櫻子①

 都内で1番の偏差値を誇る中高一貫校の女子校に通っていること。それが櫻子の唯一の自慢だった。櫻子は常に偏差値72を維持し、得意の算数では76を取ったこともあった。

 他に誇れることと言えば、小学校で1番バレエが上手いことくらいだ。


 だから確かに、バレエ教室にまりこが現れ、先生や仲間たちからの人気を目の当たりにし、私より良い役を得た時は、嫉妬に苛まれたことは否めない。


 当然のように、まりことは同じ中学に通うことになった。櫻子には、なかなか友達ができなかった。そればかりか、自分でも理由がわからないまま先生に怒られることが増えた。一方のまりこは沢山の友達に囲まれ、先生と仲が良く、クラス代表を務めるほどになっていった。


 里香と初めて同じクラスになったのは、中学3年生の時だった。芋っぽい雰囲気は、おそらく癖毛の髪と、けして細身とは言えない体型、そして隠しきれない田舎臭さが醸し出しているのだろうな、と思った。里香は大人しい子で、クラスの誰ともつるまず、毎日、本を読んで過ごしていた。日中は1人で行動し、授業中も寝ていることが多く、怠惰な子だな、というのが最初の印象だった。


ーこの子ならいけそう。


 今年は修学旅行も控えており、グループ分けで苦労しないためにも友人を作っておく必要がある。櫻子は里香に話しかけた。

「里香ちゃん、一緒にお昼ご飯食べない?」

 里香はびっくりしたのか、ぎょっと目を見開いていた。

「うん」と里香は言った。


 櫻子は毎日里香とお昼を食べ、教室移動の時も共に行動した。これまで苦労していた2人組を作るというミッションも簡単にこなすことができた。都合よく扱える子がいるというのは、こうも学校生活を楽にするのだ、櫻子は心底思った。


 唯一困っていることといえば、里香が全く会話をしない、と言うことだ。ずっと無言のまま、何も話さない。話題を振っても、一言二言返して、そこで止まってしまう。1人でいるのは寂しいが、いつまでもこの芋女と一緒にいると、私までが芋になってしまいそうだ。


「ねぇ、里香ちゃんって、親御さんは何の仕事されているの?」と櫻子はコンビニで買ってきたサラダを食べながら聞いてみた。里香のお弁当は、お弁当箱こそは安っぽい代物であったものの、彩り豊かで、バラエティに飛んだ、愛情込めて作られたことが一目でわかる内容だった。


「会社員だよ」と里香は言った。

「どこの会社?」

「丸井商事」

「へー」

 丸井商事は、大手総合商社だった。中高一貫校に来ているくらいだから、少なくとも大手企業勤めだとは思っていた。しかし、里香の芋っぽい雰囲気からは、ご両親が商社勤めなのは想像もできなかった。


 それに、丸井商事は、まりこの父親が役員を務めている商社だ、と櫻子は思いを馳せていた。会話が止まった。普通はそこから何か質問をして、話を膨らませるものだ。また気まずい無言の時間が流れた。


「私はね、親が、化粧品会社の社長なの。青山に自社ビルがあるんだ」


 櫻子はそう言ったが、期待していたような反応は里香から返ってこなかった。再び無言の時間が流れる中、お昼休みの終了を告げる鐘が校内で鳴り響いた。

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