綾乃②

 憂鬱な気分のまま、里香の歓迎の飲み会当日を迎えた。綾乃はいつものバイト仲間とともに待ち合わせ場所の駅前に着いた。里香はすでに到着していた。相変わらずパッとしない、ダサい格好だった。せめて、髪伸ばせばいいのに、と綾乃は思った。


 8人全員集合すると、予約してある、イタリアン居酒屋まで皆で歩いた。


「みなさん、仲良いですよね」と里香は言った。

「高校の時このバイト始めて、運命的な出会いをしちゃったんだよね」とバイト仲間の1人が綾乃と腕を組んで言った。綾乃も里香に見せつけるように深みのある笑顔を見せると、携帯を取り出した。

「あ、しまった、携帯今使えないんだった」と綾乃がスマホを触りながら行った。

「お前、今月も携帯代払い忘れたの?」と男性が笑った。男性の名は高良と言った。綾乃より先輩だ。

 里香はその様子をぞっとした目をしてみていた。

「難しいよね、支払うってね」と綾乃は苦笑いした。


 居酒屋に着くと、サラダやフライドポテト、唐揚げを頼んだ。お酒は飲み放題にしてある。乾杯をして、皆は各々にお酒を飲み始めた。


 里香はお酒をよく飲む子だった。顔色ひとつ変えず、延々とハイボールを飲んでいる。


「いつかリシャールとか飲んでみたい!」とバイト仲間が言った。

「わかる!ねぇこんどホスト行ってみようよ!」と綾乃が言った。

「おいおい、リシャールって、高いんだぞ。値段知ってんの?お前らバカじゃね?」と高良が言った。

「私だってバイトで稼いでるし!」と綾乃が冗談めかして言った。「今月聞く?私18万も稼いだんだよ。頑張ったでしょ」


「リシャール・ヘネシーなら飲んだことありますよ」里香が表情ひとつ変えずに突然言った。「美味しいですよね」


 綾乃は里香の発言に背筋が凍った。


「どこで飲んだの?」と高良が聞いた。

「成人の誕生日に、両親と開けました」

「そっか、そういうのいいね。俺は母子家庭だったから」

「そうそう、私も母子家庭なの」綾乃はとっさに言った。

「私も母親が男を取っ替え引っ替えで、こうはなりたくないと思って、結婚したの」と30代くらいの女性が言った。

「そういえば夜の方どうなんですか〜」と綾乃はその女性に行った。里香はその会話を、げんなりした様子で見つめていた。


 卓にはたくさんの料理が運ばれてきた。脂っこいパスタ、しなったポテトフライ。里香は、周りのペースも考えず、料理をつまみながら永遠とお酒を飲んでいた。

「ねぇねぇ、男の人って、お酒ちょっと飲んだだけで、酔っちゃった〜っていう人が好きなの?」と頬を赤らめた綾乃は高良に言って、よりかかった。


 高良は、茶髪で高身長で顔が塩顔のイケメンだった。

「綾乃ちゃんなら、何やったって可愛いよ」と高良は言った。

「ほんと〜?」

 綾乃は口角を目一杯広げたまま、細めた目はしっかりと里香を睨みつけていた。


 里香は目の前にあるパスタに手をつけていた。パスタを少し食べると、ハイボールを少し飲み、顔を顰め、グラスを机に置いた。綾乃の話を聞いているのか、聞いていないのかわからなかった。


「ねぇ、里香ちゃんって彼氏いたことあるの?」


 綾乃がそう聞くと、里香は目をぐっと見開いて、グラスに手をかけた。


「あ、え、私のことですか?」

「うん……」綾乃はイライラしてきた。

「いないですよ。女子校出身ですから」と里香はボソボソと言うと、ハイボールを一口飲んだ。


 無言の時間が気まずく流れた。綾乃は愛想笑いもできず、すっかり気勢が削がれた。


「あ、そういえば、俺、まりこと付き合おうと思うんだよね」と高良が言った。皆が一斉に高良の方を向いた。


「お!ついに!」この時ばかりは、綾乃は救われる思いがして、機嫌良く笑った。


「でもさ、俺まだ別れてないんだよね。そしたら、まりこが、ちゃんと別れてって。付き合う前にヤルって、それはセフレじゃんって言っててさ。まりこもちゃんとしようとしてくれてるみたい」

「まりこ泣かせたら、私が許さないからね!」と綾乃は冗談めかして言った。

「でも俺自分のことでいっぱいいっぱいでさ、時間の余裕ないんだよね」


「え、それどういうことですか?」突然里香が真顔で言った。


「えーと、昔ね、先輩とまりこがいい感じにね、なったんだよねぇ。まりこはバレエ教室で昔出会った、私の親友なんだけど」綾乃は親友という言葉を強調して言った。それから、イライラしているのを笑顔でごまかした。


「いい感じとはなんですか?」と里香。

 綾乃は俯いた。

「いい感じになったんだよ……」

 里香は納得いかない様子だった。


「本当に好きなら時間は作れるはずです」と里香が突然真顔で言った。綾乃はぎょっとした。


「あ、うん、はい。すみません」と高良は里香に言った。


 里香はお酒が回ったのだろうか、いよいよ饒舌になってきて、周りの会話さえも遮るように話し始めた。

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