リシャール・ヘネシー
夏目海
綾乃①
『仕事できないブスとか人生終わってんな』
『喋ってて仕事ミスって指摘されたら泣くとかウケる。悲劇のヒロイン気取り?』
『直接指摘してやりたいけど、顔見ただけでゲロリそう』
SNSに書き込みながら、綾乃は、まるで高級なウイスキーでも飲んでるかのように気持ちよくなっていた。あいつ、里香に、制裁を与えなければと、私の中のヒーロー心が疼く。さっさとバイトをやめた嫌われ者。ざまぁみろ。
綾乃は、コンビニで買ってきたハイボールの缶を開けると、狭いワンルームの一角で一口飲んだ。缶を小さな机の上に置くと、SNSを暁斗に見せた。暁斗はその投稿を見て、ありがとありがと、と笑っていた。
しばらくして、SNSに書いたところで、里香が見てないんじゃ意味ないじゃないかって気がついた。エゴサーチをして、里香のSNSを見つけ出すと、フォローリクエストを送った。
意外にも里香は、リクエストを許可して、綾乃にリクエストを送り返してきた。もちろん許可した。これであんたへの悪口を里香に見せつけられる。知ってる?暁斗はあんたの悪口を私に言ったのよ。気分が良くなった綾乃は、ハイボールを一気に飲み干し、暁斗の頬にキスをした。
綾乃が里香と出会ったのは昨年のことだった。綾乃と暁斗のアルバイト先の居酒屋に、里香も雇われたのだ。里香は黒髪でセミロングの、芋っぽい女だった。濃すぎるメイクもまるで似合ってないし、体型もイマイチで、服装もよれたTシャツにジーパン、そしてなぜかローファーを合わせている。ダサかった。
どうやら、暁斗が里香をバイトに誘ったらしい。暁斗と里香の2人は大学が同じだった。里香が前のアルバイトを辞め、新たな働き口を探していた時、暁斗が誘ったのことだった。
綾乃は里香の指導係となった。この里香が本当に問題児だった。教えたことを覚えない、マニュアルを読んでこない、メモを取らずにミスばかり。なんでこんな基本的なこともできないんだろう。暁斗と同じ大学なら頭はいいはず。でも仕事はできない。お勉強ができるだけの正真正銘のバカだ。
里香は徐々にシフトに入らなくなった。
「ねぇ、里香って子さ、最近シフト入ってないよね?怒られて、嫌になっちゃったのかな?」と綾乃は暁斗に口を尖らせて言った。
「え、いや、あいつ最近体調崩してたはず。学校も休んでたぞ」
拍子抜けした。これじゃあ、まるで私が悪者じゃないか。綾乃はモヤモヤした感情を抱えた。
久しぶりに里香がシフトに入った日、綾乃は着替えの時に里香に聞いてみた。
「ねぇ、里香ちゃんって好きな人とかいるの?」綾乃は笑顔で聞いた。
「いますよ」と里香は即答した。
「敬語じゃなくていいよぉ〜」綾乃は引き攣った笑顔で笑った。
「いえ、先輩なので」と里香は無表情のまま言った。
「好きな人ってどんな人なの?」綾乃は興味津々の振りをしながら話題を探した。
「綾乃さんも知ってる方ですよ。彼女いるみたいですけどね。今でもまだ好きなんです」
その日、綾乃は里香にそれ以上話しかけることはできなかった。里香の好きな人が暁斗だとわかってしまったからだ。
綾乃は暁斗と付き合っていた。
以前暁斗は、里香は俺らの関係知ってるはず、と言っていた。なら、知った上で里香は私に話したんだろうか?そもそも入店してきたのも暁斗に近づくため?里香の歓迎の飲み会が近づいてきているというのに、私は参加をしなくてはいけないの?私から暁斗を奪うつもり?
綾乃は止めどない思考で頭がいっぱいになった。
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