第46話「鳩」
それから――兄弟がほしかった私は、とりあえずこの子の世話を焼くことにした。
兄というよりは手のかかる弟だと位置づける。
何故なら、この子は何もできなかったからだ。
しばらくして、具合が少しよくなったかと思える頃に、母が用意してくれた子供服を着せようとした。ただし、その子はいつまでも服に手を触れなかったし、寝間着を脱ぐつもりもないようだった。
「お手伝いしましょうね」
母が手を出すと、その子は毛を逆立てた子猫のようになった。
「勝手に着る」
他人の親切心にこの態度だ。私は苛々してその子の寝間着の裾をつかんだ。
「いつまでも同じ服ばっかりじゃ洗濯もできないでしょ!」
その時、彼がひどく怯えたのに私は遠慮なく寝間着を捲り上げた。そして――。
小さい白い背中に広がる火傷の痕を見てしまった。母もハッと息を呑む。
赤い生々しい傷痕を寒さにさらし、その子はたちまち泣き出してしまった。
「ご、ごめんなさい!」
私は慌てて寝間着を戻したけれど、その子は泣きやまなかった。こんなに綺麗な子なのに痛々しい傷を抱えている。私はこの子に対する苛立ちをすべて忘れ、泣きじゃくる子を思いきり抱き締めた。
「ごめんね。でも、私は味方だから。あなたに痛いことなんてしないからね」
その子は私の腕を振り払うでもなく、ただ泣いて、そして疲れて大人しくなった。
「――あなた、あの子の身元はまだわかりませんの?」
母が私たちを寝かしつけてから父と話していた。
「うん、いろんなところに聞いて回っているんだけど、あの子の特徴に合う子供がいなくなったという申し出がなくてね」
「遠くから来たのかしら? ただの寝間着姿だったけれど、よい仕立てだし」
「雪の中を歩いていて、力尽きて倒れたといったふうだった。攫われて放り出されたのでないといいけれど」
「どうしてあの子は名前を言わないのかしら? 答えられない年じゃないのに」
「本当に、そこがわからないんだ」
「あの火傷もどうしたのか……」
私は隣で眠っている子の手をギュッと握り締めた。
この子はたくさんの痛みを知っている。小さな体で受け止め、壊れる寸前なのだ。
どんな理由があるにせよ、この子は悪くないと私はそれだけを思った。
「ねえ、あなた、自分は人間じゃないって言ったでしょう? それならなぁに? 天使様かしら?」
私は天気のいい日にその子を外へ連れ出し、二人で雪遊びをした。
冬の白い太陽が、木の枝から落ちる雫を輝かせている。
彼は触れた雪の冷たさに顔をしかめ、フランネルのズボンで指先を拭いていた。
「違うよ。僕は
「妖精?」
私が首をかしげても、彼は真剣だった。それならば、本当のことなのだろうか。
私は彼の手をギュッと握った。
「じゃあ、私には妖精のお友達がいるってことね」
すると、彼は綺麗な目を瞬いた。
「……怖くないの?」
「怖いものなの?」
「わからない」
と、彼は答えた。
でも、多分嬉しかったのだろう。その後で自分から私の手を握った。
「ねえ、ロビン」
私たちは姉弟のように寄り添っていた。
冷たく硬くなっていた彼の幼い心が、徐々にあたたかみを帯びていくのがわかった。
「君が
「ダヴね? どっちも鳥の名前で、私たち本当の姉弟みたい」
私がそう答えると、彼はどこか照れ臭そうにはにかんだ笑いを見せた。
本当の家族ではないのだから、そのうちに別れが来るのだと、この時の私は考えていなかった。
帰る家がないのなら、うちの子になればいいのだと簡単に考えた。
ダヴはちょこちょこと私の後ろをついて回った。町の子供たちと一緒になって遊ぶ時も私は彼を弟だと言って紹介したし、いじめっ子にからかわれないように庇った。彼も私にだけは輝くような笑顔を見せてくれていた。
ダヴが妖精だということは私たちだけの秘密。
妖精でも人間でも、私にとっては大事な子だから。
私たちが共に過ごした時間は、雪がすっかり融けるまでの期間で、二ヶ月に満たなかった。
ダヴはとても難しい字を読めた。彼は私に本を読んで聞かせてくれた。
弟だと思っているのに、そんな時は兄のようだった。兄のような、弟のような、友達のような、不思議な男の子。
それも妖精なのだから仕方がない。
私の父は薬剤師だから怪我に効く薬をたくさん持っているし、彼の火傷も治してあげてほしかったけれど、薬では追いつかないくらいひどいものらしい。一度の火傷ではなく、何度か重なっていると、父が母に言っていた。
そのことに関して、彼はひと言も私たちには言わなかった。
悪い妖精と戦った傷痕かなと私は勝手に考えてダヴを労わっていた。
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