名馬に癖あり
三鹿ショート
名馬に癖あり
彼女は幼少の時分から、他者とは異なる行動に及ぶことが多かった。
両親が存在していなければ一人で外を歩くことも危険だというにも関わらず、近所を歩き回った結果、両親から叱責されている姿を見たのは、一度だけではない。
それは成長しても直ることはなく、学生時代における校外での活動では、己の好奇心に従うままに単独行動し、教師のみならず生徒までもが共に捜し回る羽目になった。
今は彼女のことを知っている人間が支えてくれているが、やがて学生という身分を失い、一人で生きなければならなくなったとき、彼女はどのように生活するのだろうか。
想像しただけで、私は震えた。
私は彼女の両親と相談し、生活費の援助をしてもらう代わりに、進学のためにこの土地を離れる彼女の生活を支えることを約束した。
だが、結局、彼女は家から出ることはほとんどなかった。
自宅での創作活動に夢中になっていたからである。
その結果、彼女は全国的に有名な大学に進学したにも関わらず、中途退学するに至った。
彼女の両親に話したところ、どうやら予想はしていたらしく、怒りの言葉を吐くことはなかったが、呆れていた。
それは、私も同じ気持ちだった。
***
彼女は創作活動に熱心だが、それを部屋の外に向けて発信することはなかった。
何の利益も無いその行為に、何故そこまで夢中になることができるのだろうか。
少しばかりは金銭を得られるだろうかと考え、彼女に許可を得てから、私は友人の編集者に彼女の作品を見せた。
私には彼女の作品がどれほど素晴らしいものかは分からなかったため、友人がどのような評価をしたとしても、驚くことはないだろうと考えていた。
しかし、彼女の作品が駄作だと一蹴されたことには、怒りを抱いてしまった。
それは、彼女が寝食を忘れて作品を生み出している姿を目にしていたからなのだろう。
だが、友人に言わせれば、苦労したからといって必ず報われるような世界ではないということだった。
確かにその通りだったが、私は感情的になっていた。
私は友人を罵倒し、容器に入っていた珈琲を打っ掛けると、喫茶店を飛び出した。
自宅へと戻る途中に、私は己がどれだけ愚かな行為に及んだのかということに気が付いた。
謝罪しなければならないだろうと考え、私が自宅に戻ると、彼女は数時間前と全く変わらぬ姿で、創作活動を続けていた。
其処で私は、何故彼女のことを支えなければならないのだろうかと考えた。
彼女は学校に通うこともなく、働くこともなく、金銭と化すことがない作品を生み出し続けている。
この人間の、何処に価値が存在しているというのだろうか。
何故、そのような人間の生活を支えなければならないのだろうか。
私は、ようやく現実というものに気が付いた。
彼女の両親に連絡し、彼女を実家に戻すことを伝えると、数日後にはそれを実行していた。
彼女の両親は、娘を支えていた私に感謝の言葉を吐いたが、嬉しくも何ともなかった。
***
それから彼女のことを忘れ、私は己のための生活を続けていた。
結婚し、子どもも誕生し、家族のために多忙な日々を送っていたが、ある日、両親から連絡があった。
それは、彼女とその家族についてのことだった。
いわく、しばらく姿を見せていなかったために自宅を訪れたところ、彼女とその両親が、揃ってこの世を去っていたらしい。
現場の状況から、どうやら心中のようだった。
おそらく、年老いた両親は、自分たちがこの世を去った後、創作活動にしか関心が無い娘が一人で生きていくことなど出来るわけがないと考え、それならばと共に去ることを選んだのだろう。
それは、あまりにも悲しい結末だった。
私が責任を感ずる必要は無いのだろうが、それでも、私が彼女の面倒を見ることを放棄せず、彼女の生活を支え続けていれば、このような結果に至ることはなかったのだろう。
私は、涙を流しながら、彼女の両親に謝罪の言葉を吐いた。
彼女に対しては、何の感情も抱くことはなかった。
***
彼女の作品をまとめようとしたが、あまりにも膨大だったために、その作業を終えた頃には、私の皮膚は皺だらけと化していた。
謝罪した結果、仲直りをすることができた編集者である友人に再び彼女の作品を見せたが、やはりその評価は良いものではなかった。
しかし、友人は口元を緩めると、
「これほどの量の作品を生み出し続けるその情熱だけは、誰にも敗北することはないのではないだろうか」
彼女のその熱意が他の分野に向けられていれば、未来は異なっていたに違いない。
もしも彼女が大学で研究活動に夢中になっていた場合は、優秀な研究者として名を馳せていたのかもしれないのだ。
だが、そのようなことを考えたところで、既に意味は無かった。
名馬に癖あり 三鹿ショート @mijikashort
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