第三章 秋のお祭り

第23話 画家

 ホリツォント夫妻とラウネンの乗る商業船に同乗させてもらってから五日が経とうとしていた。エリンとメリアの情報は恐らくどの客船や商業船にも伝わっているだろうということで、海上市場に立ち寄っても買い物はラウネンに任せてエリンとメリアを匿ってくれていた。

 迷惑をかけてしまっているからと、エリンとメリアは一生懸命店の花の世話をした。それ以外にも足腰が弱くなってきているモカラの代わりに家事をするのを買って出ていた。



「私たちが向かう港ってなんていうところなのかしらねエリン」



皿洗いをするメリアが夕食を作るエリンに問うと、キッチンへふらっと立ち寄ったラウネンが冷蔵庫から作り置きの冷たい紅茶をグラスに注ぎながら答えた。



「ロート港だ」



ロートは「赤」という意味だ。赤い港というのは、どういうことなのだろうと二人とも首を傾げる。



「プランクトンか何かが大量発生している海だから赤い港と呼ばれているんですか?」


「いや、秋になると紅葉した葉が海に落ちて海上一面が赤色に染まるんだよ。それでロート港って呼ばれるようになったらしいぜ」


「へぇ、名前の由来がとっても素敵ですね」


「割と有名な話だと思うんだけどな…お前らどんだけ閉鎖的な町で暮らしてたんだよ」



自分たちが絶対だと信じ込んできた世界が、どれだけ情報の制限されていた町だったかを二人は思い知った。



「ならヘルプスト芸術祭も知らねえか?」


「知らないです。ヘルプスト…秋のお祭りですか?」



ラウネンは冷蔵庫に半身を預けるようにもたれかかると、ヘルプスト芸術祭について二人に話し聞かせた。



「ヘルプスト芸術祭っていうのは簡潔に言うと、あらゆる分野の芸術家の卵が集まって自分の作品を披露する秋の祭りだ」



ロート港は秋を象徴する港でもあるので、随分と昔から四季の中でも秋に観光客が急増する観光名所だった。それを好機といわんばかりに若き才能人たちが集い、自分の作品を多くの人にお披露目する場となっていったのだとラウネンは説明してくれる。



「この船が元々ロート港に向かう予定だったのは、俺がヘルプスト芸術祭に用があるからだ」


「何か作品を作られているのですか?」



エリンが質問すると、ラウネンは居間のいたるところに飾られている絵を見回し、二人に視線を戻すとニッと笑った。



「もしかしてこの絵を描いたのって、ラウネンさんなんですか?」


「まあな」



照れくさそうにするラウネンと絵を交互に見るメリアの素直さにラウネンは軽く噴き出す。



「こんな絵とは無縁そうな俺が画家なんて信じられねえって顔してくれるなよ」


「すみません…繊細な絵だったので、女性が――モカラさんが描いたものか、どこかで買われたものなのだとばかり…。でも、先入観は良くないですね」


「そうだぞ。どんなやつがどんなことしてるかなんて、見た目とかちょっと関わったくらいでは案外わかんねえもんだ。先入観で人を見ると、その分損しちまうぞ」


「気をつけます」


「素直でいいな、お前」



本気で反省しているメリアの頭をわしゃわしゃ撫でるラウネン。しかし、彼の手をさりげなく掴んでその手に小皿を渡すエリン。



「味見お願いします」


「……」


「何ですか」


「…ほーん、なるほどな」


「何がですか?」


「別に?」



明らかに機嫌を損ねたエリンを気にして、メリアは場を取り持つように話を元に戻した。



「画家ということは、ご自分の作品を出展しにロート港へ?」


「いや、俺が参加するのはハーデンベルギア海上絵画コンテストだ」


「ハーデンベルギア海上絵画コンテスト、ですか?」



小皿をエリンに返しながら「美味いぞ」と感想を口にするラウネンは、ふらっとキッチンから離れた。



「気になるんなら、続きは夕食の時な。俺は作業に戻る」



 そう言って姿を消したラウネンから、部屋に飾られている絵に視線を向けるメリア。



「私、絵ってからきしだからよくわからないけど、素敵な絵ね」



感嘆を漏らすメリアの横で、エリンは鍋の中身をかき混ぜながら気難しそうな表情で絵を眺めていた。



「窮屈」


「窮屈って…どうしたの?」



エリンは皿にスープをよそい、テーブルに並べるようメリアに促しながら答えた。



「ラウネンさんの絵を見て私が思ったことだよ。どの絵も窮屈そうだなって」


「私はあまりそうは思わないけれど。とっても繊細で美しい絵だわ」


「淡い色とか儚い雰囲気とか、美しいとは思う。だけど、どの絵もなんというか…もっと羽を伸ばしたさそうというか」



 二人でラウネンの絵について延々と話していると、夕食のいい香りを嗅ぎつけてやってきたアスターが「デザートにモカラがパイを焼くと言っていたよ」と教えてくれた。この船に乗ってから何度か彼女の作るパイを食べたが、とっても美味なものだった。パイを焼くと聞いた二人は浮足立ちながらアスターにそろそろ夕食が出来るから座っていてくれと告げた。

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