第21話 お洋服に宿る思い出
引き出しの中には丁寧に服や肌着がしまわれていた。どの服にも花や海の生き物の刺繍が施されていて、モカラさんらしい可愛らしい服ばかりだ。
「ねえこれエリンに似合うんじゃない?」
メリアが引き出しから引っ張り出したのは濃い紫色のタートルネックニットだった。モカラさんが自分で編んだもののようで、ところどころ編み目が間違っていたけれどかえってそれがくすぐったかった。
一目でそのニットが気に入ったエリンは上着を脱いで肌着の上からそのニットを頭からかぶった。
「厚手で温かい。こっちのジーンズにはカサゴの刺繍がされていてオシャレ」
タートルネック部分に顔を半分潜らせ、引き出しからダメージジーンズを取り出すと足を通した。
色味といいクールな感じといい、とてもエリンに似合っていた。
「私はどれにしよう…あら、これ素敵」
エリンジウムの刺繍がされた純白のロングスカートを取り出したメリアは自分にそれを当てて見せる。
「どうかな?」
「…凄く似合ってる」
きっと他意はないとわかっていても、自分の名前と同じエリンジウムの花の刺繍が縫い付けられたスカートを選んだメリアに少しだけ、ほんの少しだけ期待してしまう。
「そのスカートにするなら、上にはこれを合わせたらどうかな?」
明るい緑色のVネックニットを広げてメリアに当ててみる。ああ、やっぱりメリアには緑色も似合う。
「いいわね、この組み合わせにするわ」
着替え終わった二人は部屋の中で埃を被った鏡をみつけ、その前に立ってお互いの姿を確認した。
「モカラさんのお洋服素敵ね。今気がついたのだけれど、私ってお洋服に凄く興味があったみたい。変よね、今更そんなことを思うなんて…」
「無理もないよ。こうして自由に服を選ぶことも私たちには出来なかったんだから」
故郷では女性は必ずスカートを履くよう躾けられていたし、身につけていい色も年齢によって決まっていた。だからこんなにも自由になんの規則も気にせずに服を選べるのは生まれて初めてだった。
借りた服を着て階下へと降りて来た二人を見て、モカラは両手を合わせてとても嬉しそうに何度も頷いている。
「まあっ、二人ともとっっっっっても似合ってるわ。私が着ることはもうないし、よければもらって?」
「そんな、いただけませんよこんなに素敵なお洋服」
メリアが胸の前で両手を振って断るが、モカラは「いいからいいから。お願い」と頑なだ。
「引き出しの中にしまわれているより、お洋服もあなたたちに着てもらった方が喜ぶわ。鞄に入らないようなら、もう少し大きくて軽いカバンを途中で寄る商業船で探せばいいわ」
「そういうことなら、是非そうさせてください。カサゴの刺繍がとても気に入りました。大切に着させていただきます」
「鞄もいいのがみつかるといいんですけど…」
「きっとみつかるわよ。鞄を売っている商業船は意外と多いのよ?」
観光客は船旅の間お土産を買いすぎて、元々持っていた鞄に物が入り切らないことが多々あるらしい。そんな時に立ち寄った海上市場にある鞄を売る商業船で、手頃な鞄を購入していくそうだ。
「エリンさんの履いているジーンズは私が二十代の頃気に入って毎日履いていたものね。丁度アスターが釣りをしていたらカサゴが釣れてね。珍しいから実物を見ながら縫ったのよ。メリアさんの履いているスカートは彼とこの商業船に乗ることを決めた十代の頃履いていたんだけど…ほら、一度揺れる船の中で転んでしまってね。その時破れてしまったのを丁寧に繕って誤魔化した跡がある。懐かしいわね…」
アスターとの思い出を楽しそうに語るモカラの表情に、メリアもつられて楽しそうにスカートを見下ろした。
「お洋服一着一着に思い出があるって、素敵ですね」
「そうね。私はお洋服が好きだから、タンスやクローゼット、ベッド下の引き出しは全部アルバムみたいなものなのよ。お洋服を見れば思い出を今でも鮮明に思い出せるの。…あなたたちもこれからそういう思い出を増やしていけばいいわ」
そう優しく微笑むモカラに、エリンとメリアも大きく頷いた。今は全てを置いて来てしまったけれど、これから二人の思い出を新しい地で増やしていけばいいと前向きな気持ちになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます