第20話 ホリツォントフラワーショップ
花屋の商業船は海上市場から離れ、エリンとメリアが二か月近く乗っていた大型客船もどんどん遠ざかっていく。
エリンとメリアは追われる心配がなくなると、老夫婦とラウネンにまずは自己紹介をした。
「私はアルストロメリア・ツェーゲルンと申します。先程は助けていただきありがとうございます」
メリアが変装を解いて自己紹介をするのを見て、エリンも変装を解いた。ラウネンと老夫婦は目の前の少年たちが少女になったことに驚きながらも黙っていた。
「エリンジウム・リュフトヒェンです。本当に助かりました」
兄さんとメリアの母親が不倫をしていた等とはとても話せないため、家出をして来た事情については掻い摘んで説明した。
「まあ大方の話はわかった。ちっせえ町で色々あって居難くなって、家飛び出して来たってことだな?」
緊張しながら二人は頷いた。真剣な面持ちで話を聞いていたラウネンだったが、突如大笑いして、エリンとメリアはぎょっとする。
「女だってこと隠しながらあの大型客船に乗って二か月も過ごせてたんなら上等だ。上手くやったなお前ら」
二人の頭を引き寄せて髪をグシャグシャにするラウネンに、老父がぴしゃりと「やめなさい」と叱る。
「家出は決して褒められたものではないが、それだけの事情があるのだろう?」
泣きそうな顔で頷くメリアに、老父は嘆息して手を差し伸べた。
「私はアスター・ホリツォント。この花屋の商業船――ホリツォントフラワーショップを営む者だ。子どもだけの旅を見過ごすわけにはいかないからね、君たちと道を分かつまでは保護者になりましょう」
故郷に返されないとわかって、胸を撫でおろすエリンとメリアはそれぞれアスターと握手を交わした。
すると、先程から二人と話したいといった様子でソワソワしていた老婦がラウネンを押しのけて二人の前に歩み出る。
「可愛い娘さんが二人も乗船してくれて、とても嬉しいわ」
「妻のモカラだよ」
彼女とも握手を交わすと、「ところで」とラウネンは地図を広げた。
「お前らが乗ってた船、フリーデン王国行きだったよな」
「そうです」
するとホリツォント夫妻とラウネンは揃って眉をしかめた。それもそのはず、大型客船であればこの海域からフリーデン王国まであと三日ほどで到着することが出来るが、この小さな商業船では無理だ。
「ここからだとフリーデン王国の港にそのまま向かうよりも、途中にある小さな港から列車で向かった方が早い。その港まで私たちが送り届けてあげよう」
「ありがとうございます」
アスターの申し出に、エリンとメリアは頭を下げた。
「元々その港に行く予定だったからね。ついでだから気にしなくていいよ」
エリンとメリアを送り届ける先が決まると、アスターは早速運転席へと戻って行った。船が進むと、モカラがにこやかに告げた。
「部屋へ案内するわ。といっても倉庫なんだけど、いい?」
「構いません。むしろ倉庫を使わせていただいていいんでしょうか」
「いいのよ。だってアスターやラウネンが乗っているのに、鍵のかからない部屋に女の子を寝泊まりさせるわけにはいかないから」
新たに加わった可愛らしい乗組員に浮足立つモカラの後ろをエリンとメリアは静かについて行く。
二人は二階へ上がってすぐの部屋に通された。部屋には沢山のドライフラワーやサシェが置かれていた。店先には生花があったが、こうした商品の在庫は倉庫に保管しているらしい。
「若い頃はここで作業してそのまま寝てしまうなんてこともよくあったから。ベッド、捨てていなくてよかったわ。遠慮せず好きに使っていいからね」
「ありがとうございますモカラさん」
「ひとまず楽な格好に着替えて…ってその荷物じゃ服なんてあまり持って来れていないわよね」
二人はデルフィニウムの遺品である服を中心に持って来ていて、女性服と言えるものは一着しか持って来ていなかった。何日も同じものを着ていると話すと、すぐさまモカラに取り上げられてしまった。
「そういうことは遠慮せずにい言いなさい。私だって意地悪じゃないんだから、洗ってあげるわよ」
流石に洗ってほしいなどとは言えなかったエリンとメリアだったが、正直ありがたい申し出だったのでお言葉に甘えることにした。追われたらいつでも走って逃げられるように出来るだけ身軽にしたかったので、荷物に女性服を何着も詰める余裕はなかった。
「私の若い頃のでよければベッドの引き出しの中にあるから、好きなのを引っ張り出して自由に着ていいわよ。絶対似合うから安心して?。着替えたら下りてらっしゃい、船の中を案内してあげるから」
ずっと慣れない男性服を着ているのは疲れるだろうと気を遣ってくれたようだ。モカラさんが階下で待っていてくれるというので早速ベッド下の引き出しの中身をゆっくり見させてもらうことにした。
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