第18話 商業船集う海上市場

 フリーデン王国へ向かう船に乗ってから二か月が経とうとしている頃。少年に変装することにも慣れてきたメリアは、エリンと一緒に船旅を楽しむほどの心の余裕が出てきていた。船はフリーデン王国まで持つ燃料を積んでいたが、食料は約三週間程度しか積まれていない。というのも、毎日どこかの海上で商業船が集う市場が現れるため、そこで食料調達が出来るからだ。

 商業船は、客船やその船に乗った者たちを相手に商売をする。商業船が扱っている商品はその船によって異なり、商品の種類は多岐に渡る。客への売買が商業船の行っている基本的なことだが、海上市場はその他に商業船同士で情報交換をしたり物々交換をしたりする場にもなっている。

 そんな海上市場が存在するからこそ、賞味期限や保存の利く食料を沢山積む必要はない。海上市場で調達する方が新鮮な食べ物が手に入るし、乗船客も都度商業船で買い物を楽しむことが出来て便利なのだ。

 今日は海上市場に船が停まる日だった。海上市場は場所によって集まっている商業船の数も、店で売られている商品も異なり、時間帯によって店を出している船も変わる。そのため、メリアもエリンもこの日をとても心待ちにしていた。



「この船に乗ってからそろそろ二か月経つのか…あと少しでフリーデン王国に到着するね」


「わくわくしちゃう」



 部屋を出て、人が沢山集まっている場所へと向かう。大型客船であるこの船から商業船である中型の船が集う海上市場に行くには、この船から伸びる階段を下らなければならない。下りた先に一隻目の商業船が停まっているのだが、この階段は波打つ海に浮かぶ船と船とを繋ぐもの。当然もの凄く揺れる。



「坊や、危ないからしっかりと手すりを掴んで下りるんですよ。楽しみだからといって駆け下りたりしないでください、危険ですから。この私エルガーとの約束ですよ?」


「はい、約束します。気を付けて下りますね。心配していただいてありがとうございます、エルガーさん」



乗船客の旅を安心安全なものにするためこの船に乗っている乗務員エルガーに声をかけられたメリアは、笑顔で丁寧にお礼を言う。先に階下の商業船でメリアのことを待っていたエリンと合流し、二人は数多の商業船を見て回った。

 商業船へ下りる乗船客を全て誘導し終えたエルガーが凝り固まった肩を回していると、後輩乗務員スマラクトが苦笑いを浮かべながら走って来た。また何か問題事が起こったのかと嘆息しながら「どうしました?」と問うと、スマラクトはあまり緊張感のない声音で答えた。



「あの、さっき連絡が入って。その連絡は別の船からの連絡を受けて、その船もまた別の船から聞いたみたいなんですけど」


「なんですかそれ、尾ひれがつきすぎてその話が魚だったら空でも飛ぶんじゃないですか」



独特な言い回しだが、要はそんなに船を経由していたら信頼出来る情報ではなくなっているのではないかということが言いたいらしい。



「いえ、でも…」


「家出少女が我々の乗る船に乗っていて、今すぐに連れ戻してほしいとかそんな面倒な話だったら熟れたトマトみたいになっちゃいますからね、私」


「いや、あの…凄く言い難いんですが、仰る通りなんです。家出少女を連れ戻してほしいという連絡でして」


「………」



みるみるうちに真っ赤になっていくエルガーに、眉をハの字にして苦笑しながら話を続けるスマラクト。



「しかもその家出少女っていうのが、かの有名なクラスペディア・アプラウスの娘とその友人らしくて。連絡をしてきたのはその友人の父親みたいです」


「はぁッ?、それを先に言いなさい。それにアプラウスは旧姓です。今はリュフトヒェンだッ」



階段を下りる乗船客たちに丁寧に告げた注意事項はどこへやら。エルガーは「今すぐ探し出しますよッ」と熟れたトマトのように真っ赤になりながら意気込んで勢いよく階段を駆け下りていった。



「クラスペディアの大ファンですもんねぇ…先輩。やれやれ、家出少女の特徴も聞かずにどうやって探すつもりなんだか」



嘆息したスマラクトは、手すりを持ちながら安全に階段を下りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る