第15話 さあ行こうシュトルツ
エリンもただの嘘だけで検問所という難所を乗り切ろうとははなから考えていなかった。船に乗るには検問職員を欺くための巧みな嘘も必要だが、同時に堂々たる態度も当然必要になると考えていた。
エリンの態度に逆に怯んだ検問職員に追い打ちをかけるように、彼女はにこやかに告げる。
「隣町の領主の端くれだけど、何か問題が?」
領主と聞いて途端に青ざめた検問職員は、ぺこぺこと頭を下げた。
「弟さんが綺麗な顔してたもんで、てっきり女が調子に乗って船に乗り込もうとしていやがるのかと…疑って悪かった、この通りだッ」
男は謝りながらもずっとエリンの持つ証拠を押さえたカメラをチラチラと気にしていた。領主の息子たちに殴りかかろうとしていたことがわかれば、この男は職を失くすだけではなくこの町で「隣町の領主の息子に手を上げようとした野蛮な人間だ」と一生虐げられることになるからだ。
「わかればいいのさ」
怯えたようにエリンの後ろに隠れるメリアを気まずそうに見下ろしながら、船乗りはエリンに向き直る。
「…それで、ハーフェンご兄弟の渡航目的は?」
エリンが呆れたようにジト目で検問職員を見上げると、男は慌てた様子で顔の前で両手を振った。
「勘違いしないでくれよ、これはここを通るやつ全員に聞いてることだ」
「そう、なら話そう。僕たちはおじい様に会いに行くんだ。どの船に乗ればフリーデン王国に行けるのかな?」
検問職員は港の端に停泊しているひと際大きな客船を指さした。
「ならあそこに見えるでっかい船だな」
水平線の向こうから昇る朝日を背にしているせいか、それとも今の自分たちの唯一の救いであるせいか、その船はとても神々しく見える。
「荷物はそれだけか?」
「ああ、必要な物は先に召使いたちが持って行ったよ。兄弟水入らずの船旅を楽しみたかったものだから、召使いたちの同行は遠慮してもらったんだ」
「ふん、まだほんの子どもだっていうのに、鼻持ちならないガキどもだぜ。ったく、早く行け」
そう言われてエリンはメリアの手を引き、余裕たっぷりに検問職員にカメラを見せつけると彼が指さした船へと向かった。
船に向かう途中、当然と言えば当然なのだが、どこを見ても男性ばかりであることにエリンは辟易していた。なぜ男性は渡航が許されていて、女性にはそれが許されないのか。この町に昔から当たり前のように存在する不条理に憤慨しながらも、その理不尽を覆そうとしている自分たちが誇らしく思えた。まだ油断は出来ないが。
ふと隣を歩くメリアの様子を窺えば、彼女は不安気に辺りをキョロキョロ見回している。今まで一度も足を踏み入れたことのない背の高い船が何隻も並ぶ港の景色に物珍しさもあるのだろうが、男性ばかりのこの場所に怯えている印象の方が強かった。そんなメリアにエリンは小声で耳打ちした。
「大丈夫。今私たちは隣町からやって来た領主の子息、エーレとシュトルツにしか見えてないよ。堂々としていないと、かえって怪しまれるよ」
「そ、そうよね。堂々と…」
女性らしい強調されたボディラインを隠すため、メリアは男性服を何枚も重ね着していた。エリンは元々中性的な体格をしているので、男性用の薄手の秋服を着ているだけだ。もう秋とはいえ、海沿いという潮風の吹く涼しい場所にいてもメリアの格好では少し歩くだけでも汗をかいてしまうほどの厚着だ。同じ変装でも、メリアの負担の方が格段に大きい。
「フリーデン王国行きの船には個室が用意されてる。部屋の中なら誰も入って来ないし、上着を脱いでも平気だから。それまでもう少し頑張って」
「うん、気遣ってくれてありがとうエリ…」
いつものようにエリンと言いかけて、メリアは慌てて口を両手で覆った。検問所で名乗った名前は乗船する際チケットの回収と一緒に聞かれる。そのため今ここで別の名前を口にしてしまっては周囲の者たちに怪しまれてしまう。
「エ、エーレ?」
慣れない様子でエリンに呼びかけるメリアに、エリンは思わず小さく笑った。
「ふふ、大したことないよ。さあ行こう、シュトルツ」
鼻歌交じりに機嫌よく歩みを進めるエリン。そんな彼女にぴったりくっついて歩くメリア。少年の姿をした二人の少女はついにフリーデン王国行きの船に乗り込んだのであった。
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