第二章 海を渡って
第14話 港の検問所
メリアの誕生日から数日後。
町の南端。唯一船が停泊する港では、今日も町の外に期待を膨らませた男性たちが旅の装束で乗船するための検問所の列に並んでいた。彼らはみな、特に町から出ることを制限されていない男性だ。そのせいか町を出る目的は旅行、あるいは新しい技術をこの町に取り入れるための勉強であることがほとんどだ。
閉鎖的なこの町では、外の世界に出られる男性が率先して新たな風を吹かせなければ町が衰退してしまうのだ。それを子どもの頃から嫌というほど聞かされている男性たちは、当たり前のように外の世界での学びを故郷へ持ち帰る。新しい世界に出てそのまま戻らないことは恥であると信じて疑わないため、彼らは必ずこの窮屈な町に戻って来るのだ。
そんな男性たちの並ぶ列に、華奢で背の低い少年が二人並んでいるのが目立った。他の者と違い旅行鞄のような大荷物ではなく、いつでも走って逃げられるような身軽な肩掛け鞄一つを持っているだけだった。これから旅や勉強をしに外国へ向かうには、少々荷物が少なすぎる。
少年たちに検問の順番が回ってくると、帽子を目深にかぶった彼らを訝しく思った検問職員――と言っても日替わりで検問を担当している船乗りだが――が声をかけた。
「どこのお坊ちゃんたちかな?」
「僕の名前はエーレ・ハーフェン。こっちは弟のシュトルツ」
淡々と嘘を吐くエリンにぎょっとしながらも、メリアも話を合わせるためにこくこくと頷いてみせる。
そう、二人は今は亡きデルフィニウムの服を身に纏い、少年として船に乗ろうと企んでいるのだ。
「聞いたことねえ名前だな」
「当然さ、隣町から来たのだから」
「海と隣接してねえ町から来る連中は確かにこの港を使うが…怪しいな。おい、お前ら顔を見せろ」
検問職員の荒げる声に肩を震わせたメリアの前に飄々と躍り出て、エリンは躊躇なく帽子を取る。
変装が得意なエリンは母親が隣町で立ち上げた劇団の集合写真を事前に確認しておき、そこに所属している劇団員の息子の変装を今はしているのだ。まさか閉鎖的な同郷の検問職員が隣町の少年と出会っているはずもないし、もし出会っていたとしてもいちいち顔など覚えていないだろう。
青みがかった滑らかな銀色の長髪に夜空色の目はそのままに、エリンは顔だけその少年の変装をしていた。そんなエリンを検問職員も女性だとは疑わない。
「よし。次はそっちの弱そうなの。お前も顔を見せろ」
メリアもエリンに手伝ってもらい髪をばっさり切っていたが、変装までは上手くいかなかった。見た目が完全に女性のメリアを見て殴りかかろうとした検問職員に向かって、エリンはいつの間にか鞄から取り出したカメラのシャッターを切った。
「何しやがるてめえッ。お前も何か隠してるのか?、検問職員舐めてんのかアァン?」
「はあ…嫌だなぁ、毎度毎度こうなるんだから」
「どういう意味だ」
呆れたように嘆息して肩を竦めてみせるエリンはペラペラと嘘を吐く。
「可愛いでしょ、僕の弟は。いつも女の子と間違えられて、可哀想で見ていられないよ。おじさんもこいつが女に見えるなんて、男としてどうなのかな?。お気の毒に…」
哀れみのこもった目で見られた検問職員は、振り上げた拳を今度はエリンに向けた。
「なんだとこのッ」
「ここまで来たけど、仕方ない。シュトルツ、一度家に帰ってお父様を呼んで来よう。お前を女であると侮辱し、さらに手まで上げようとしたこの検問職員の証拠写真を見せ、忙しいお父様から直々にお前が男であると説明してもらうんだ」
これまで男装をして船に乗り込もうとした女性がいないというわけではなかった。だからこそ検問職員も厳しく目を光らせ検問している。しかしこれまでこの町を出ようとした数少ない女性たちは自分が女であると検問職員に見破られてしまった際、必ず酷く動揺した。それを知っていた検問職員は、殴りかかろうとしても動揺せず全くそれを意に介した様子のないエリンに逆に怯んだ。
けれどそれは全てエリンの思惑通りだった。女だと判断した自分の方が間違っていると検問職員に思い込ませることがエリンの目的だ。
「お、お前ら何者だ?」
そしてそれは見事に成功した。
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