第12話 知ってしまった真実
庭は剪定された草木に囲まれていて、会場からは全く様子が見えない。それをいいことに、イベリスは大胆にもアザレアの腰を引き寄せた。
嫌悪感にイベリスを突きとばしそうになるが、なんとか堪える。これはメリアのためなのだ。自分の嫌悪感程度で、この計画を台無しにしたくはない。
「話って?」
広い庭の中腹まで来ると二人は東屋の中にある椅子に腰かけ、アザレアの姿をしたエリンは本題を切り出した。
「あなたとの関係を終わらせたいの」
「随分と急だね」
イベリスは特段驚いた様子もなく視線をこちらに向けた。
「ごめんなさい。私はゼレナーデさんの妻、そしてメリアの母親でもあるわ。そんな立場にありながら、あなたとそういう関係でい続けるのはやっぱりよくないと思って」
「ふうん、意外だな」
口元は先程から変わらずおだやかに笑んでいるが、イベリスの目は全く笑っていない。その表情から、兄のアザレアに対する執着を垣間見た気がした。イベリスはアザレアと遊びでしかないのだと思っていただけに、兄の本気に息を呑んだ。
「…どうしてそう思うの?」
アザレアらしくないことを言ってしまったのではと急に不安が襲ってきて、エリンはつい尋ねてしまった。
「あなたはいつもだめと言いながら、僕を拒まない。ゼレナーデさんを愛しているくせに彼に愛してもらえないからと、愛してくれる僕を手放さない…本当にずるい人」
兄は目を伏せると、小さく苦笑した。それでもアザレアのことが好きなのだと言いたげな顔だ。
「意外と言ったのはね、罪悪感はあってもあなたがそれを理由に別れを切り出してくるとは思わなかったから」
イベリスは立ち上がると、「いいよ」と微笑んだ。
「あなたとの関係は今日でおしまいにするよ」
随分とあっさりと引いたイベリスに、エリンは拍子抜けしてしまう。かえってそれが奇妙にも思えた。
けれどこれでイベリスとアザレアの関係を終わらせることが出来た。あとはアザレアに兄とのことは聞いたなどと嘘をつけばいい。十四も年下の男に捨てられたらプライドも傷つくだろうし、イベリスにこれまでのことをゼレナーデさんに話されるのが怖くて復縁を迫ったりもしないだろう。必ず静かにしてくれるはずだ。
本当は私が二人を破局させたということにも、きっと気づかないに違いない。
「それじゃあ…」
東屋を離れようとしたところで、強く手を引かれる。抱きすくめられるのかと警戒したが、イベリスはその手を強く捻り上げた。
「…ところで、アザレアさんはどこにいるのかな?」
「ッ…」
手首に痛みが走り、顔を歪める。イベリスは愛する人の姿をした妹を蔑むように見下ろした。イベリスの手から逃れようともがくが、彼女の力では怒った彼の手を振り払うことも出来ない。
「気づかないと思うなんて、甘いよエリン。偽物と本物の違いくらいすぐ分かる」
掴まれた手首にさらに力が込めらえて、手首が折れてしまうのではないかと思うほど痛む。痛みを堪えてなんとか「放して」と声を絞り出すエリンの耳元に、イベリスは唇を寄せて小声で呟いた。
「いくらメリアが好きだからって、人の恋愛を邪魔しないでほしいな」
馬鹿にするようなその物言いにかっとなって、渾身の力で何とかイベリスの手を振り払う。上がった息を整えながらエリンは彼を睨み上げた。
「兄さんは邪魔してるじゃないッ。メリアは兄さんのことが好きで、兄さんの思わせぶりな態度に一喜一憂してるんだからッ」
「それはメリアが僕に恋してるだけだろう?。僕はメリアと友人として接しているだけだし、それにエリンが大切にしているメリアとの時間を僕が邪魔したことは一度もないと思うけど?」
イベリスの言う通りだ。これはただの八つ当たりと嫉妬。わかっていても、どうにもならないのだこの気持ちは。だって私はメリアが好きだから。
そんなエリンの態度に苛立ちを覚えたのか、イベリスは意地悪く笑って言い放った。
「この際メリアにはっきり言おうか?。僕は君のことを友人としてしか見ていない。だからこれから先、恋人になったり夫婦になったりする未来はありえないって」
ふと庭の木が揺れ、イベリスとエリンは瞬時にそちらへ視線を向ける。メリアの誕生日パーティーに来ている招待客に今の話を聞かれていたら、イベリスにもエリンにも待っているのは破滅だけだ。
木の影から姿を現した人物を見て青ざめたのは、エリンの方だった。
「メリア…いつからそこに…」
「アザレアって、私のお母様のことよね?。この町にアザレアという名前の人は他にいないもの」
おぼつかない足取りでこちらに近づいてくるメリアの目には、バツの悪そうな顔をしたイベリスとアザレアの姿をしたエリンが映っている。メリアはイベリスの目の前で立ち止まると、涙を流しながら彼の胸元に手を置いた。
「ねえ、何か言ってイベリス」
「…そうだよ」
「お母様とそういう関係だったってこと?」
「ああ」
「っ…いつから?」
「……ずっと前からだよ」
みるみるうちに目に溜まっていくメリアの涙を拭おうとして、イベリスは伸ばした手を下ろした。
「ごめん、君の好意には気がついていた。けど、僕はアザレアさんを愛しているんだ。いけないことだとわかっていも、この気持ちは止められない。だから、君の気持ちには応えられない」
そう告げたイベリスの言葉を聞き終える前に、メリアは走り去ってしまった。慌てて後を追いかけるエリンの姿が完全に見えなくなると、イベリスは目を伏せた。
メリアの母親と関係を持っている限り、いつかはメリアを傷つけてしまうということはわかっていたし、覚悟もしていた。けど…
――この際メリアにははっきり言おうか?。僕は君のことを友人としてしか見ていない。だからこれから先、恋人になったり夫婦になったりする未来はありえないって。
あんな言葉で真実を明かすことになってしまうとは、思っていなかった。
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