第10話 告白の練習

 その夜、メリアはエリンの自室に訪れて恋の話に花を咲かせていた。

 イベリスと母親の関係を知らないメリアは、頬を桃色に染めてただただ無垢にイベリスの好きなところをエリンに話し聞かせる。



「ねえエリン、私思いきってイベリスに告白しようと思うの」



狼狽えるエリンに、メリアは気づかない。



「告白の練習に付き合ってほしいの。こんなこと、エリンにしか頼めないわ」



メリアの期待に満ちた表情を見て、エリンは胸が締め付けられるのを感じながら首を縦に振り了承した。メリアが言っているのは、ただ告白の練習台になってほしいというものではないということがわかっているだけに、エリンは自分の特技を呪った。

 エリンはメリアを自室に残し、イベリスの自室へと入る。クローゼットから適当な服を見繕い、ドレスを脱いでそれに着替えていく。変装を終えて部屋にある鏡を見れば、そこにはイベリスが映っていた。身長はやや低いものの、それ以外はイベリスと瓜二つな自分。そんな自分を見て長いため息を吐く。



「……私が男だったら」



そんな言葉を口にしてみても、男性になれるわけではない。軌跡が起こって男性になれたとしても、メリアが自分に振り向いてくれる保障はどこにもない。こんなことを考えても不毛だとわかってはいても、考えずにはいられない。

 自室に戻ると目に見えてメリアが赤くなっていく。彼女の目に映っているのは確かに自分であるはずなのに、彼女が見ているのはイベリスなのだ。その切なさに目を伏せるが、すぐに気持ちを切り替える。友人として引き受けてしまった以上、最後までしっかりやらなければ。

 それに、下心がないと言えば嘘になる。たとえそれがイベリスに向けられた告白でも、練習台になることでその言葉を受け止めることが疑似的に出来るこの役回りを買って出たのは自分だ。



「本当にエリン?」


「うん」


「その声を聞いてほっとしたわ。あなたの変装って本当に精巧だと思う」



エリンは先程まで座っていたメリアと向き合いの椅子に腰かける。



「声は私のままだから、黙っているね。その方が本当にイベリスに告白しているみたいになるでしょ?」


「わかったわ。でも、一度告白し終えたら都度感想を聞かせてね」


「うん…」



出窓から差し込む月光が天井からぶら下がっているシャンデリアの硝子一粒一粒に当たり、部屋のあちこちに星のような輝きを反射させている。そんな美しい光景に気がつかないほど緊張で張りつめた様子の二人は、さっそく告白の練習を始めた。



「イベリス、私昔からあなたのことが好きだったの」


「…」



上目遣いにそう告げられて、自分に向けられたものではないとわかっていても心臓に悪かった。



「どうかしら?」


「…それじゃあ友人としての好きなのか恋愛としての好きなのかはっきりしないと思う。ちゃんとメリアの欲を伝えないと」


「欲?」



問い返されて言葉に詰まったが、エリンは正直に答える。



「具体的にイベリスとどうなりたいかってことだよ。お付き合いとか…結婚…とか」


「なるほど。もう一度お願いします」



姿勢を正し、メリアはもう一度告白をしてみせた。



「ずっとイベリスのことが好きだったの。よければ私と…お、お付き合いを………無理だわッ」



恥ずかしさ悶絶するメリアの腕がテーブルに当たり、テーブルの端にあったティーカップが落ちそうになる。咄嗟に手を伸ばしたエリンの手とメリアの手が重なる。



「っ…」


「危ない、落っこちるところだったわ」



エリンは手を膝の上に戻しながら、胸を撫でおろすメリアから視線を逸らした。



「そ、そうだね」



エリンはメリアの手が一瞬触れた自分の手を強く握りしめて、必死に平静を装っていた。

 一方ティーカップをテーブルの上に乗せ息を吐いたメリアは、不意に何かを思い出したように顔を上げた。



「落ちると言えば、私がイベリスのことを好きだと自覚したのは、湖に落ちたところを助けてもらったあの時だったなぁ…エリン、覚えている?」



覚えている、忘れるわけがない。あの時イベリスに止められたが、それを無視してでも自分がメリアを助けていれば彼女は自分を好きになっていたかもしれないと、そんなことはないとわかっていながら何度想像しただろう。



「そうだわ、告白はあの湖ですることに決めた」


「え?」


「名案だと思わない?。昔の思い出話をして、それから想いを伝えるの。その方がいきなり彼を呼び出して告白するよりも話しやすそう」


「…そうかもしれないね」


「十日後、私の誕生日でしょう?。その日なら女である私が彼を湖に誘っても周りから変に思われないと思うの。だからその日に告白するわ」



楽し気にどんどん計画を立てていくメリアが、エリンにはとても可愛らしく見えた。しかし、このままでは彼女は自らの誕生日に全てを知ってしまうかもしれない。そう思ったエリンは黙考し、あることを思いつく。

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