第8話 まるでデートのような
あのパーティーの夜、エリンはメリアに「イベリスに好きな人はいないと思う」と嘘をついた。彼女はイベリスとメリアの母親がそういう関係であることに気がついていたけれど、想い人に愛する者がいることやその相手が彼女の母親であることを明かして、友人を悲しませたくなかった。
新緑に別れを告げると夏が終わり、木々は少しずつ色づき始めた赤や黄色の葉で自らを着飾っている。
頬を撫でる風が冷たくて、外を歩いていたメリアは軽く身震いした。
「これを」
イベリスは自身の上着を脱ぐと、隣を歩いていたメリアにそれを羽織らせる。
「ありがとう、イベリスは本当に優しい人ね」
「そんなことないさ。さあて、母さんから頼まれた買い物も済んだことだし、今度はメリアの買い物に付き合うよ」
イベリスは右腕に抱えるパンの入った茶色い紙袋を抱え直すと、メリアに笑いかけた。
「いいの?」
「服屋でも、お菓子屋でも、どこへでもお供するよ」
「で、でも、女の子の買い物って長いし、イベリスにとっては退屈じゃない?」
「母さんの買い物に付き合わされて、そういうのには慣れっこなんだ。それに女の子が目をキラキラさせて品物を眺めている横顔はなかなかにいいものだよ」
「じゃあ…お言葉に甘えて」
買い物の道中イベリスは沢山の女性に声をかけられていた。しかし、「メリアと買い物をしているから」と全ての誘いを断ってくれた。お菓子屋に行きたいと伝えると、腕を差し出してエスコートまでしてくれる。腕を組んで歩く自分たちはまるで恋人同士のようだと、メリアは浮足立っていた。
お菓子屋に入ると、並んだバスケットにぎっしりと並べられた小麦色の洋菓子がいい香りで二人の鼻腔をくすぐり出迎えてくれる。
「確か今夜はエリンの部屋に泊まるんだよね、だからお菓子を?」
「そうなの。沢山お菓子を買って、夜通しお話ししようかなって」
「いい考えだね。僕は……」
イベリスは開きかけた口を噤み、不思議そうにするメリアに気がついて笑顔を繕った。
「僕も今夜友人の家に遊びに行くから、お土産に何か買って行こうかな」
イベリスが上手についた嘘に気がつける由もないメリアは、目の前にあったバスケットからある洋菓子が五つ詰められた小袋を手に取って彼の手のひらにのせた。
「ならこのマドレーヌはどうかしら?」
「マドレーヌ?」
「ええ。お母様が好きでよく買うのだけれど、とっても美味しいのよ。私もこのお店のマドレーヌが大好き」
「へえ…ならマドレーヌにするよ」
「それがいいわっ」
大の甘味好きでこの店の常連でもあるメリアが会計台までやって来ると、まるい体型をした女性店主は決まって「いつもありがとうね」と言い、新作のお菓子を持たせてくれる。「感想を聞かせておくれ」とちょっと多すぎるくらいお菓子を持たせてくれたが、それは全てイベリスが代わりに持ってくれた。
お菓子屋の次に訪れたのは、女性服が売られている服屋だった。メリアにとってこの店は特別だ。
小さなこの町でこの店は一番大きな女性服専門の服屋で、取り扱っているのは大人の女性用に作られた服ばかり。子どもの頃は母親に連れられて来店するだけで服を買うことは出来なかったメリアだったが、ミドルスクールを卒業した記念の日に初めてこの服屋で服を購入した。
この町に住む女の子はメリアを含めてミドルスクールを卒業すると大人の女性の服を着ることを許されるのだ。それと同時に、もう大人の女性として扱われる。一人前とみなされるこの時期を境に、花嫁修業を始めたり見合い話が来始めたりするのだ。
新しい冬用のドレスを求めて訪れたメリアだったが、ふと店のショウウィンドウ越しに飾られているネックレスに目を留め、店に入ろうとしていた足を止めた。銀杏のような上品な黄色に輝く小粒の宝石がとっても大人びて見える。
「メリア?」
「ああ、ごめんなさい」
店の扉を開けて待っていてくれたイベリスに声をかけられて、メリアは慌てて店内へと入る。
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