第6話 薄暗がりの中の二人

 薄暗がりの中、口づけを交わす男女がいた。

 同じ屋敷の中でもパーティー会場から離れた場所に休憩室として誂えられた部屋がある。時々廊下を通りすがる使用人たちに気がつかれぬよう、その男女はパーティー会場を抜け出しその部屋で密会していた。

 口づけは激しさを増し、上手く息が出来なくなったアザレアは男の唇から自らの唇を離す。



「これ以上はだめ」


「どうして?」


「あなたはそろそろ戻らないと、他の招待客に怪しまれてしまうわ」



アザレアは名残惜しそうにイベリスの頬を撫でた。



「この前会った時はそのまま屋敷を抜け出して、あなたの部屋で朝まで一緒にいたのに?」


「意地悪言わないで頂戴。あの日はゼレナーデさんが仕事で不在だったしメリアもエリンジウムさんのところに泊まるって言っていたから…っ」



再び唇を押し付けるイベリスを拒むような素振りを見せるが、すぐに背中に手を回し彼を受け入れるアザレア。

 二人がこうして密やかに会うのは、ゼレナーデがクラスペディアを見る目をイベリスが気がかりに思った時まで遡る。

いくら母親と若い頃から仲が良かったとは言え、彼の態度は友人のそれではなかった。ぎこちなく、どこか気遣わし気で、時には激しい感情を抑え込んでいるかのような様子さえあった。

 人の心模様に機敏なイベリスは、物心つく頃にはゼレナーデが必死に隠そうとしているクラスペディアへの想いに気がついていた。そして彼が母親を見る目を見た時、予感がした。あれは好きな女性に向けるまなざしとしか思えない。もしかすると、メリアの父親は自分の母親を愛しているのではないか、と。

 そんな予感が確信に変わる出来事があった。イベリスはある日、母親に頼まれて彼女の自室から舞台用の化粧道具を取りに行ったことがあった。クラスペディアはまだ赤ん坊だったエリンジウムの世話に忙しくしていて、イベリスも母親の役に立てるのならとその頼みを喜んで承知した。

 しかしクラスペディアの説明があまりにも雑で、イベリスは広い彼女の自室の中で化粧道具をあちこち探し回るはめになった。

 小一時間探し回った後、ドレッサーの引き出しを勢いよく引き出してしまったイベリスは中に入っていた物を全て床に撒き散らしてしまった。慌てて拾い上げていると、その中に色褪せた手紙が何通も髪留めのようなもので留められているのをみつけた。

 その手紙の差出人は全て――ゼレナーデ・ツェーゲルン。

 手紙は大分年季の入ったものだったので、母親が結婚するよりも前のものだということは火を見るよりも明らかだった。

 見てはいけないとわかっていても、イベリスはこれまで感じてきた予感を確信に変えたいという衝動を抑えきれず、手紙の中身を取り出し綴られている内容を読んでしまった。

 イベリスが手にした数通の手紙は、ラブレターだった。

 ゼレナーデがクラスペディアを愛していたこと、しかし恋敵であったデルフィニウムに破れてしまったこと。そんな両親とゼレナーデの複雑で、よくある関係性など、イベリスにとってははっきり言ってどうでもいいことだった。

 気がかりだったのはゼレナーデの妻、アザレアのことだった。

 未だに自分の母親を愛しているゼレナーデと結ばれたアザレア。ゼレナーデの最も傍にいる彼女が、そのことに気がつかないはずがない。

 そのことに気がついたイベリスはほとんど無意識にアザレアの元へ通うようになった。幼い頃からの友人であるメリアの母親なのだ、会いに行っても何らおかしなことはないと自分に言い聞かせて。

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