第5話 ままならない恋
あれから時は経ち、イベリスが十八、エリンとメリアが十六にになる年のこと。二人の少女の恋は、ただ純粋に相手を想うだけではいられなくなってしまっていた。
年頃になったメリアはイベリスをこれまで以上に意識してしまって話すことさえままならなくなってしまった。それなのにイベリスの傍で彼を愛おしそうにみつめる女性たちの存在が不安で仕方なかった。嫉妬するだけでイベリスをお茶の一つにも誘えない自分の意気地のなさにも嫌気がさしていた。
イベリスは社交界で上手くやっており、今では「可哀想なリュフトヒェン」なんて誰も口にしなくなった。言うとしたら、彼の周りにいる女性の中に意中の人がいる男性だけだろう。
「やあメリア。浮かない顔をしているけれど、どうかしたの?」
「えっ」
「何でそんなに驚くのさ。僕だよ、イベリス」
「ご、ごきげんようイベリス。いいえ?、そんなことないわ。元気いっぱいよ、ほら」
クッキーを一つ頬張って誤魔化してみせる。あなたに近づく女の子たちに嫉妬して毎日やきもきしているの、なんて口が裂けても言えない。
常に数人の女性に囲まれているイベリスだったが、一人になったタイミングを見計らってはメリアによく声をかけてくれた。妹のエリンの友人であるからだろうとは思いながらも、どこかで自分だから話かけてくれているのではないかと淡い期待を寄せていた。
「パーティーなんだから楽しまないと…」
落ち着きなく周囲を気にし出すイベリスに、メリアは気になって「どうかした?」と尋ねる。
「アザレアさんにまだご挨拶していないなと思って。今どこに?」
今日はご近所さんが開いたホームパーティーにリュフトヒェン家やツェーゲルン家、他にも顔見知りの人達が沢山呼ばれていた。そのためこのパーティーには当然、メリアの母親であるアザレアも招待されていた。
「今は席を外しているわ」
「そう。何か言ってなかった?」
「
「そっか眩暈を…ね。じゃあ何か飲み物でも持って行ってあげようかな」
具合が悪い時、母は部屋に誰も入れない。具合が悪く顔色の悪い自分を見られたくないのかもしれないし、具合の悪い様子を見せることで心配をかけたくないからかもしれない。
いくら幼い頃から知っていて自分の息子同然のイベリスが飲み物を持ってお見舞いに来てくれたからと言っても、中に入れるとは到底思えない。だって娘の私ですらそういう時にはお部屋に入れてもらえないんだもの。
遠慮するように伝えようとしたが、イベリスはメリアが履く高いハイヒールでは追い付けないほどの速さでスタスタとパーティー会場である大広間から姿を消してしまった。
嘆息したメリアは、仕方なく持っていた手元のお茶に気持ちを戻す。彼と話したことで動悸していた心臓を落ち着かるために、お茶を一口飲んで一つ深呼吸をした。
「メリア、どうしたの」
「ああ、エリン。今イベリスと話をしていて」
イベリスの去った方を一瞥したエリンは、目を伏せがちに紅茶の水面に視線を落とした。
「そう…」
エリンの恋もまた、ままならなかった。
昔はただ好きでいるだけでよかった。誰かにメリアが好きなのだと話しても、母も兄も「いいお友達が出来たんだね」と微笑むだけだった。しかし歳を重ねるにつれ、周りの女の子たちがみんな男性に想いを寄せていることを知った。
こういったパーティーやお茶会で話される恋の話でも、手を繋ぐこと、抱擁やキスをすること、その先の大人な関係に進むことも全て相手が男性だという前提のもとで話が進む。
女性ではないのだ。
女性を愛する自分は、他とは違う。そう感じたエリンは自分の想いを簡単には口にしなくなった。そうでなくとも彼女は父を失ってからというもの「可哀想なリュフトヒェン」と笑われ、口数が少なく変装を特技とする不気味な子と避けられその度に口数を減らしてきたのだ。
片親がいない子どもなんてきっと世界には山ほどいるはずなのにと心の奥底では反発していても、この小さな町で世界の話は自分を守る盾にもならない。ちょっとした違いでも排他される、それがこの町なのだ。
この留まることを知らない溢れ続ける恋心を、いっそメリアに明かしてしまおうと考えたことは何度もあった。けれど彼女に拒まれて今の友達という関係さえ失ってしまうことが怖くて、ずっと言わずにいる。
エリンはメリアに対する恋心を秘めたまま、彼女の友人としてずっと傍にいた。だからこそ、メリアがイベリスに想いを寄せていることも当然知っていた。
「ねえエリン」
フィナンシェをお皿から取ろうとした手を止めてエリンは「なに?」とメリアに向き直る。
「こんなことをあなたに聞くのもおかしな話かもしれないけれど、聞いてもいい?」
「何でも」
「ありがとう。その…イベリスって好きな人はいるの?」
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