第4話 エリンジウム
あれから数日後、またあの湖にメリアは遊びに来ていた。今日はゼレナーデが仕事で留守のため、アザレアと二人で訪れていた。
先日のことがあったので、湖に落ちる心配のない場所で一人遊んでいた。しかしその顔は晴れない。
「今日は水辺にいないのね」
俯かせた顔を上げると、青みがかった銀の長髪を結ったエリンが夜空色の瞳でこちらをじっと見ていた。
「お父様とお母様に、湖の傍に行ってはだめと叱られてしまって…」
湖面に映る自分に会いに行きたさそうに湖の方に視線を向けるメリア。彼女が再び湖面に映る自分を見たいのだと気がついたエリンは少し躊躇したものの、ごそごそと自らの鞄を漁る。
「どうしたの?」
「ちょっとだけ後ろを向いていて、すぐに終わるから」
エリンに言われた通り、メリアは彼女が見えないように後ろを向いて待った。
十も数えないうちに「いいよ」と言われたので、再び彼女の方を向く。が、しかし目の前にいたのは自分に瓜二つの女の子。
「わあ、凄い。私がもう一人いるわっ」
浮かない顔をしていたメリアが笑ったことにほっと胸を撫でおろすと、メリアの姿をしたエリンは罰が悪そうに種明かしする。
「私の特技、変装なの。母さんが役者で色んな人を演じるから、母さんみたいになりたくてまねっこしてた。そうしたらいつの間にか演じる人そのものになる変装が得意になってて…」
「すごいっ。私と別の動きをしてみせて?」
メリアにせがまれるままエリンはじゃんけんをしてみたり、彼女とは反対の手を挙げてみたりしてみせた。変装したエリンが自分とは異なる動きをする度に、メリアは声をあげて喜んだ。
同じ動きしかしない湖面に映る自分とは違って、自分とは別の動きを自由自在にしてみせるエリンを見て大喜びするメリア。そんな彼女にエリンは何か悪いことをしたのを打ち明ける時のように怯えながら尋ねた。
「……あなたは私のこと、気味悪がらないんだね」
「気味悪がる…?。素晴らしい才能じゃないっ」
「っ…」
エリンの手を取り、メリアはにこにこと彼女に微笑みかける。
「それに私が落ち込んでいたから、元気づけてくれたのよね?。私全然エリンジウムのこと知らなかったけど、あなたってとっても優しいのね」
「…そうかな?」
「そうよ!。ねえ、今度からエリンって呼んでもいい?」
面食らうエリンに、メリアは矢継ぎ早に告げた。
「いいよ。私もアルストロメリアのこと…」
「うんっ。メリアって呼んで」
「わかった」
「今日から私たちお友達ねっ」
メリアの花そのもののように明るく咲いた笑顔を見て、エリンには初めて友達が出来たという喜びと、それから、それとはまた別の感情が溢れてくるのがわかった。
それはアルストロメリアの花のように甘い桃色と舌先を刺激する酸っぱさのような黄色の入り混じった恋心。
この先、メリアが放ったこの友達という言葉に苦しむことを知る由もなく、エリンはただただメリアに惹かれていくのだった。
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