六通目 わたしたちの弔い
拝啓 親愛なる魔王城のみなさま
この度の北部の報を受けまして、心よりお悔やみ申し上げます。とはいっても、みなさまの御親戚やご友人は避難されたあとだったと、上のものより聞いておりますので、あくまで形式的なご挨拶ですが。
大崩落後の写真も見せていただきました。あんなふうに、地面にくっきりと穴が空くものなのですね。虚の海の水位が上がっているのも見ました。一時的なものと分かっていても、背筋がぞっといたします。
先日訪ねた龍界のように、水中でも暮らせる環境なら魔界の対策も楽でしたのにね。人界の海がただの塩水なのも羨ましい限りです。
……申し訳ないのですが、どうにも心が荒んでいるような気がします。断片的にご存知のかたもおられるでしょうが、少し、実家の話をさせていただこうかと思います。
父のことは、みなさまも聞き及んでおられると思います。正直に申し上げて、訃報を聞いた時は「そうでしょうね」という他人後のような感想しか出ませんでした。あの父がけして邸を手放さないことはわかっておりましたし、虚の海に溶けて一つのなれるのなら本望でしょうから。
あの邸は、母の理想を形にしたのだそうです。迷宮のような名物の薔薇も、ガラスの茶屋も、捩れた尖塔も、母の趣味でした。家の財が傾いた後も、そういったこだわり抜かれた場所の手入れを優先していたので、お客様の入らないところや私が暮らしていた区画などは廃屋のようでした。当時私を保護してくださった北部の警備隊の方が、今は魔王城正門に勤めていらっしゃるので、もしかしたら私より詳しい話をご存知かもしれません。私は本当に、狭い世界しか見えていなかったので。
父にとっては私よりも、あの邸こそが母に近しいものだったのでしょう。次が兄。
そういえば、兄の話を聞いておりません。兄もあの邸と共に海へ還ったのでしょうか。どなたかご存知でしたらお知らせください。
話が逸れましたね。とにかく、母が虚の海から這い戻ってきでもしない限り、あの邸が父の棺桶となることは決まっていたのです。
ですが……気付けば、本当に何もできることがなかったのか、と考えてしまっている自分がいます。それこそ魔王様の軍をお借りでもしない限り、父を邸と引き離すことなど出来なかったでしょうけれど。お借りしようにもとうに解体されて大部分は人界の任務についておられますしね。
一番に引っ掛かっているのはきっと、父が亡くなったこと自体よりも、それによって二度と父と和解することが叶わなくなったことでしょう。すっかり諦めたつもりでいて、心の底では時間による解決に希望を見ていたのかもしれませんね。おかしいですね、自分のことなのに、何もわからないのです。現実味がない。
何なら、光雪虫の生息地のほとんどが崩落してしまったことのほうが辛いです。先日いただいたあの瓶が最後になってしまったのでしょうか。
そういえば、みなさまは虚の海というものを、あまり近くでご覧になったことがないのではありませんか?確か、崩落が起こるようになる前は北部の一部と南部の最南端でしか海を覗けなかったと聞いた気がいたします。瓶、で思い出したのですが、実は最近、人界でとても似たものを見つけました。といっても中身は全く違うものですし、近づいても気力が抜けたりしないし、触ってもとりこまれたりもしないし、いくら見つめても狂ったりしないのですが……。
恐るべきことに、それはなんと食べ物です。ノリのツクダ煮、と言います。ノリというのは海藻という、人界の海中で育つ植物の種類です。ツクダ煮は……たぶん、味付けのことだと思います。なんと申しますか、見た目から得られる情報が黒くてドロドロ、くらいで推測が難しいのです。南部リンゴのゼリーと並べると、白と黒で面白いと思います。
大きめの瓶のものをそちらに送ったので、色々試してみてください。パンに塗るのも美味しかったですよ。麺類に絡めるのも美味しいそうです。
……実は、クロンとデーェが虚の海を見てみたいと昔言っていたのを最近思い出しまして。下手に見に行ける状況になってしまいましたので、これで見たつもりになって貰えないかと。さすがに無理があるでしょうか……。デーェは今は近衛隊で働いていると風の噂で聞きましたが、少しは落ち着いたのでしょうか。昔のような度胸試しのような真似はしないでいて欲しいです(参加していた身で言えることではありませんが……)。
みなさまもよくよく目を光らせておいてくださいませ。
かしこ
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