五通目 龍の国の話

拝啓 親愛なる魔王城のみなさま


みなさま、お久しぶりです。まずはお礼を。

薔薇のシロップをありがとうございます。ラベルの文字からして、クロンが作ってくれたのでしょうか。光雪虫とともに、紅茶の伴として重宝しています。お行儀は少々悪いかもですが、疲れた時にスプーン一杯掬って舐めると幸せな気持ちになれます。とても助かっています。


さて、陛下に直接ご報告が上がったそうですので、みなさまもすでにご存知かもしれませんが、滅びたと思われていた龍種との接触に成功しました。

経緯は報告書に書いた通りなのですが、詳しいお話はみなさまのほうまで回らないかもしれないので、こちらのお手紙でもお話させていただこうと思います。(書ける範囲は確認をとってありますので、心配は御無用です)


先日のお手紙で、魔界のものではない転送門を見つけたというお話をしたのを覚えてらっしゃるでしょうか。先日の早朝、再びそこを訪ねて見ました。

先月に訪れた時よりも柳が立派に葉を揺らしていて、転送門のある座標は周りからまったく見えなくなっていました。最初、私は例の簪を片手に門を発動しようとしたのですが、どうにも魔力を弾いてしまってうまくいきません。簪が鍵の役割をしているらしいことはわかったのですが……。色々と試してみてたどり着いたのは、簪は装身具として身につけることで初めて効力がある、ということです。(正解に気づいて疑問に思ったのが、髪の短い方はどうしているのだろうということだったのですが、どうも簪は百年ほど前まで使われていた旧式の鍵で、現代は主に指輪型のものを使っているのだそうです)

転送門を使って移動した先は、一見移動前の公園と同じに見えました。しかし、池の中央に向かって、濃い霧が立ち込めていて、少人数ながらいたはずの散歩などしていた人類がひとりもいませんでした。

しばらく周りを散策していると、霧の向こうから楷の音がして、小さな船が現れました。船には、人が乗っていました。近づいてきて、私はそれが、滅んだと言われていた龍族であることに気付きました。

龍族の渡し船の青年は、体の表面にびっしりと鱗が生えていました。驚いて少々見つめすぎてしまい、青年を照れさせてしまいました。

渡し船は、霧の奥にある龍族の城に向かうのだと言いました。運んでもらう短い間に、簡単に龍族のことについて教えてもらいました。

その空間は、魔界と人界のような完全に違う世界というわけではなく、人界から分離した薄い層をもとに龍族たちが長年かけて作った場所なのだそうです。人界で、龍族は人に狩られる側でした。だから避難先として、その『龍界』という世界を作り、千年ほどかけて一族全体を移住させたのだそうです。霧の先にある城は、主に『龍人族』という、人型の龍族の棲みかで、池の底には『水龍族』の都があり、また遥か上空には『飛竜族』が群れを作っているのだとか。龍界は、横は狭く縦に長い世界なのです。

霧の向こうから現れた龍族の城は、不思議な建物でした。池のあらゆる水面から木の根が生え、空中で捻じれてだんだんと太くなって、巨大な一本の木のようになっていて、その捻じれに巻き込まれるように、白い壁と朱色の屋根が四方八方にはみ出していました。桟橋から根の下を通り真下に入り込むと、木の内側をくり抜くようにして城があるのがわかりました。

木彫装飾の多い階段と廊下をたくさん登って引き合わされたのは、龍族の首領と名乗る方でした。王や皇帝ではなく首領なのは、血筋に関係なく能力で統率者を選べるようにとのことでした。

私が手にした簪は、前代の首領が奥方に贈ったものだそうです。なぜそれが人界にあったのかは教えていただけませんでしたが、濁し方から察するに、龍族と人類のあいだには長く確執があるようでした。

私は一晩だけ城に滞在しました。本当はもっとお話がしたかったのですが、翌々日には仕事がありましたので……。

お世話をしていただいた女中の方たちが、龍族の生活のことなどを教えてくださいました。龍族は食事があまり必要なく、食は人類に比べ質素であるということ。龍人族は龍族のなかでも数が少なく、城で暮らしている十数人しかもう残っていないこと。龍族は変化を好まないので、ファッションがもう千年ほど変化していないということなど……。(千年とはおっしゃいましたが、おそらく千五百年ほど前の衣装だと私は見立てております)そういえば、人界からの客人は三百年ぶりと言っていました。いったいどの様な方がいらっしゃったのか、時間があれば、もっと聞いてみたかったです。


帰り際、簪をお返しするかわりに、いくつかのお土産をいただきました。陛下にお送りした種もその一つです。龍族の城の土台の木と同じ種類の種の、改良種です。実は、この木はもともと天空まで伸びて遥か上空で城を支えていたそうです。魔界と同様に龍族の世界もだんだんと魔力が枯渇していて、少しづつ根が枯れ縮んでしまいました。この問題を解決するために龍族は支え木の改良を進め、今の高さでやっと降下を止めることができました。譲っていただいたのは、その最終的な成果です。魔界の大地の崩壊は龍族のケースとは規模が違うと思われるかもしれませんが、龍族の長きにわたる挑戦が少しでも役ににたてば幸いであると、首領はおっしゃいました。魔王城の研究室なら、きっと活用してくださると、信頼しています。

他にも何種か苗をいただいたのですが、そちらは魔界には持ち込めないということです。ただ、収穫して加工した場合は再度検討していただけるそうなので、実りを得たころにまた挑戦してみます。


かしこ

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