明けない夜

 ドームの中に入る。満員の客席は一切の物音を立てず、何らかの宗教の式典じみていた。ステージにはバックバンドの量産型インフェルノ四体。ギター、キーボード、ベース、ドラムス。棺桶のような長方形の箱が二つステージに直立している。物凄い数のケーブルが棺桶の背後に刺さっている。

 ボーカルの新藤千里だけは怪人ではない。ウェディングドレスのような衣装に身を包んでいる。ピンク色に染めた髪をショートカットにしていて、目にはピンク色のカラコンを入れている。

「遅刻だよ、シュウちゃん。一曲目はもう終わりましたよ」

 新藤千里は物資の動きや力学的状態を観測する逸脱の視力とその情報から未来を予測する逸脱の頭脳を持つ。またその能力の応用として言葉と旋律によって人間の精神に干渉することができる。

 会場の観客を見れば分かるけど、もう既に観客は音楽で洗脳済みということだ。微動だにしないし。

「ライブの開始時刻が早すぎるんだよ」

 ギターとベースは楽器を振り回す構えに見えるけど、キーボードとドラムスは素手で掛かってくるのかな。バックバンドで僕を削って悠々と致命攻撃フェイタリティを狙ってるのだろう。

狂信者ファンなら私の都合に合わせて会場に来るのは当然のこと」

「暴君かなんかのつもりかよ」

「新ソ連や米帝の政治家たちも私の靴を舐めるのだから、当然そうじゃないですか?」

 千里の指パッチンに合わせてバックバンドが襲い掛かってくる。

 ドラムスはドラムセットを投擲し、キーボードは腕が融解する出力でビームを撃ってくる。ところで僕の中に封じられているのは剣鬼だけじゃあない。僕より二歳年下の鮫島後輩というのもいる。後輩の能力は『不燃』で絶対に燃えないし熱エネルギーで負傷しないという使い道のあまり思いつかない能力だ。こういう熱エネルギー攻撃してくる相手にはとても強い。だからビームは正面から受けていい。そんなことは相手も分かっている。避けるという選択肢もあるけど。

『分かってますよねえ、先輩。ビーム避けたら民間人が死ぬっすよ』 

「当たり前だろ」

 脳内で後輩が念を押してくる。リンフォンに封じられた彼らは基本的に民間人の犠牲を嫌う。僕も気分が悪いのは好きじゃない。

 ドラムセットは避け、ビームを真っ正面から受けながらキーボードの頭部をスライスして斬り殺す。

 ドラムスはキーボードの胴体を貫きながら僕に殴りかかってくる。遅い。遅すぎる。当然の如く加速装置サンデヴィスタンを搭載していても僕の速度には追いつけない。ドラムスは縦に真っ二つにしてやった。

 ギターとベースは千里の側を固めている。何かを待っているのか。

「君の目的が何かしらないけど、敗北が近づいていやしないか?」

「バックバンドのメンバーを何人か斬り殺したくらいじゃないですか。私は無傷ですよ」

 千里はそう言って何処かから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

「私の予測よりも早いですが仕方ないですね。調整せんのう中の十一号兄さんと十二号を投入します。私が二曲目を歌い終わるまで持たせなさい」

 二つの箱の内、片方から出てきた男の顔を僕はよく覚えていた。新藤千里の兄、新藤京シンドウ・ケイだ。しばらく前に行方不明になったと聞いていたけど『終末時計』に捕まって、洗脳と改造を受けていたのか。身内まで洗脳しないと味方になってくれないのかよ。

 もう一人は知らない少女。セーラー服を着せられていて、それに違和感がないので未成年だと思う。

「抗えぬ運命の歯車として動き、全てを踏みにじり、そして俺も消えよう」

「私は総統フューラーの道具……例え壊れても悔いなどない」

 二人はそれぞれ変身解除の身振りをする。どういう身振りを付けて変身解除して怪人態に戻るのか。それは個性だ。

「「変身……解除ッ!!」」

 また二人怪人インフェルノがステージに増えた。

 洗脳された少女はいいとして、ケイ兄さんは斬りにくいな。千里はカスだから斬ることに躊躇ないけど。

『斬りにくいなら俺が代わろうか?』

 剣鬼が僕に囁く。自分の手で復讐したいだけでしょ。妻子を『終末時計』に殺された恨みでおかしくなって死んだ人間はあまり信用できないな。

「それはダメだ。僕の身体は僕のものなんだから自分で決着をつけなきゃ」

 刀を握り直す。敵の怪人はもう洗脳を解きようがない。そう思わなければ殺せない。本当は何か洗脳を解く手段があるんだろうけど、戦いに余分を持ち込んではいけない。

 ドームに何かが侵入してきた。

 ギター、ベース、ケイ兄さん、十二号が纏めて吹き飛ばされた。

 観客席にそれぞれ落下する。観客が何人か死んだのは間違いない。

「ここは私に任せろ」

 下半身が四足の獣のように変わった大神さんだ。本気の本気。軍神強襲形態タケミカヅチ・アサルトモードだ。

「例え旧き神の化身とはいえ、俺たち四人を相手にして三分と持つものか」

 ケイ兄さんは観客が持ち込んでいたらしい刀を奪い、装備していた。

「もう何もかも手遅れだとして、これ以上の犠牲は出させんぞ」

 そうだ。もうここの観客は救えない。なら周辺被害は構わないのか。

「ちっ……観客を犠牲にする覚悟で来ているか。ならば観客を少し貰うぞ。構わんな総統フューラー?」

 返事を聞くよりも早く虚ろな表情の観客を十二号は次々に喰らっていく。

 千里は歌っていて、返事を返せなかったが、オーケーというようなハンドサインを返していた。

 もう早く終わらせよう。できるだけ犠牲を少なくするために。

 ステージの真ん中で歌っているはずの千里が視界から消えた。再度捕捉する。加速装置サンデヴィスタンを積んでいるのか?それにして速すぎる。そんな速度は生身じゃ耐えられるはずがない。

 めちゃくちゃな軌道で空を走り、千里が襲いかかる。ビームで迎撃しても肉は削げても止めることができない。すぐに殴り合いの間合いになる。

 千里の唇が僕の顔に触れる。

 何かがリンフォンの把握できない領域から覚醒した。

「久しぶりですね、ハジメちゃん」

 僕の妹のハジメまで僕のリンフォンの中に居たというのか。今まで気づかなかった驚きとキスされた衝撃で僕の精神が揺らぐ。身体の支配がハジメに奪われた。


 

 

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