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「え……」
予想とはまるっきり逆の反応に、僕は激しく戸惑う。
「君がコースケだったなんて……ほんと、最悪だよ」眉間にシワを寄せたまま、鈴木さんは続ける。「そう。あたしがマナ。だけどさ、あたしは君がコースケだったなんて知りたくなかった。もう君には二度と会わないから。それじゃね」
そう言い捨てて、そのまま鈴木さんは僕に目もくれずに走り去っていく。
「……」
引き留める、なんてことができる余裕は一切なかった。ただひたすら、僕は打ちのめされていた。
そんな……鈴木さんも僕のことが気になってたんじゃなかったのか……ただ単に僕がそう思い込んでいただけなのか……本当はこんなにも嫌われていたなんて……
いずれにせよ、彼女とは終わりだ。何もかも。完膚なきまでに、僕は振られた。
視界が歪み始める。涙がこぼれ落ち、ポツポツと砂浜に黒い染みを作っていった。
---
金沢に戻り、バ先のドラッグストアに行くと、予想通り鈴木さんの姿はなかった。店長に聞くと、既に彼女はバイトをやめていた。大学で作品制作に集中したいから、とのことだった。
彼女の電話も住所もLINEもSNSも、僕は何一つ知らなかった。唯一知っているのはオンゲのアカウント。だが、それすらも完全に消えていた。あとは、彼女と同じ大学でバイト仲間の清水さんという女の子だけが頼りだった。
しかし……
「ごめん。彼女とは同じクラスだけど別に親しいわけじゃないし、連絡先も全然知らないの」
そう言って清水さんはすまなそうに目を伏せた。
「そっか……わかったよ」
決して諦めたいわけじゃない。けど……これはもう、彼女のことは諦めるしかない、ってことなんだろうな……
---
それから一週間ほど経った、ある日のことだった。
「織田くん」
バ先で、清水さんが僕に声をかけてきた。
「なに?」
「君には話すな、って言われてるんだけど……私、これはさすがに話したほうがいい、って思ったから……話すよ。鈴木さんのことなんだけど……」
「……!」
思わず背筋が伸びた。
「彼女ね、端から見てても異常なくらい作品制作に打ち込んでて……私には、まるで何かを無理矢理忘れようとしているように見えてね……ひょっとして、君にも何か関係があるんじゃないかな、って思えて、さ……」
「……!」
とくん、と心臓が跳ねる。
そして。
その後
「それでね、彼女……昨日実習中にいきなり倒れてしまって……救急車で病院に運ばれて……入院してるの……」
---
鈴木さんが運ばれたのは、彼女のかかりつけの病院だという。
いてもたってもいられなかった。だけど、バイトが終わる22時過ぎでは、面会時間はとっくに過ぎている。
明日の午前中、病院に行こう。
それにしても……
鈴木さん、病気だったなんて……知らなかった。だけど……
思い出したくもないけど、珠洲で会った時、走って行っちゃったよな……あの時はそれくらい元気だったのに……重い病気じゃなければいいけど……
……!?
まさか。
ひょっとして、鈴木さん……病気で長く生きられない、って思って、あの時わざと僕に辛く当たったのか? 忘れさせるために?
そして、もう時間がないから、作品制作にも全力で取り組んでいた、ってこと……?
そんな……
いや、そうだと決まったわけじゃない。とにかく、病院に行ってみよう。そして彼女と会って、話をするんだ。
---
翌朝。
よく眠れなかった僕は早起きしてしまい、そのまま病院に向かった。受付で聞いたところ、彼女の病室は3階、307号室だった。個室らしい。
ドアをノックしようとして、名札が目に入る。そこにはこう書かれていた。
鈴木 麻衣
……これはどう見ても、マイ、だよな……マナ、と読むには無理がある。
やはり……そうなのか……
今日の明け方、夢の中にマナが現れた。それで一つ、僕は思い出したことがあったのだ。
それを確かめなければ。深呼吸して、僕はドアをノックする。
「どうぞ」
鈴木さんの声。中に入ると、ジャージ姿の彼女がバッグに何かを詰めていた。
「……!」
僕の顔を見たとたん、彼女は息を飲み、そしてあからさまに顔をそらす。
「鈴木さん……」
「なんで君がここにいるんだよ!」吐き捨てるように、彼女は言った。
「清水さんに聞いたんだ。ここに入院してるって」
「……そう」
彼女は険しい顔のままうつむく。
「寝てなくて大丈夫なの?」
そう僕が問いかけると、彼女はこちらを振り向きもせずに応えた。
「ああ。別に病気ってわけじゃないから。これから退院だから、準備してんだよ」
「え……? それじゃ、なんで倒れたの?」
「過労と睡眠不足。作品制作に根詰め過ぎた、ってだけさ。ウソだと思うんならナースステーションで聞いてみなよ。同じ答えが返ってくるから」
「……」
確かに、ちょっとほっそりしたかな、という印象はあるけど、鈴木さんの顔色は全然悪くなかった。僕はほっとため息をつく。
「良かった……鈴木さんが病気じゃなくて、本当に良かったよ」
「満足したか? だったらもう帰ってくれ。邪魔だから」
相変わらずこちらには目もくれずに、鈴木さんはそっけなく言った。だけどここで引き下がるわけにはいかない。
「待って、鈴木さん。一つだけ、僕は君に聞いておきたいことがあるんだ」
「……なに?」鈴木さんは心底うんざり、と言った表情になった。
一つ大きく呼吸をして、僕は真っすぐに彼女を見据え、口を開く。
「君、本当はマナじゃないんじゃないか?」
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