夏の朝の成層圏/池澤夏樹
漂着した南の島。自然の試練にさらされ、自然と一体化する、まるで地上を離れて高い成層圏で暮らような生活と思考。やがてその向こうへ開ける景色。
小説の書き出しの一文、というものが大好きでして、マイベストテンくらいなら一生語れるんですが、書き出しの一場面でいうとこれは圧倒的だ。
そしてタイトルも。
読み終えてみて改めて見るこのタイトルは、まったく抽象的でも概念的でも大げさでもなんでもなく、このタイトルにあるべき小説だと思った。
主人公は幸運が重なって生還を果たすわけだが、ご都合主義とか、そんなにうまくいくかどうかはこの話の本筋ではない。
ある漂流者のハラハラドキドキの生存物語ではない。
文明社会から切り離された人間の精神、孤独の底や、人の秘めた願望の思考実験といえばいいのだろうか。
ここは現代文明を忘れられる何もない南の島、ではない。
砂浜を歩くときに逃げていくちいさな蟹以外に、自分の存在を認識するものがいない世界。
「ここには正気の基準がなにもない」(P88)
後半、現代社会の人間と生活スタイルが読み手のこちらにも異質に見えてくる。それを主人公の精神の変化によって感じさせてくる。
この長編が小説のデビュー作とは……
話の結末として(実際にそういう状況に置かれてではなく)、この島に真に帰属する選択を望む人も一定数いると思う。
主人公個人が現代社会を選ぶかどうか、というよりは、現代人としてそうでしかないということなのかと解釈した。
とにかくあの場面で始まる小説が存在すると知った時点で素晴らしかったし、読み終わってそれが一切裏切られなかった。
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