うたかたの日々/ポリス・ヴィアン

 アメリカンジョークとも英国ユーモアとも違う、フランス文学のおしゃれなお茶目さと皮肉を感じた。

 江戸の人とフランス人は没落貴族が好き、と聞いたことがあるけどやっぱりそうなのだろうか。


 働かないと生活できないなんて恥ずかしい、という貴族の価値観を自分は最近になって近代小説で学んだ。

「仕事しないなんていいご身分ね」

 という発想を疑ったこともなかったけど、よく考えたらいいご身分で何が悪いんだ。がちがちに労働者階級の発想だった。

 労働者を見るコランとクロエが、忌み嫌うとかバカにするとか憐れむのではなく、「あの人たちは私が嫌いなんだわ」という無邪気な冷淡さが逆にこわかった。

 綺麗なものだけがあればいいのに、という生き方が自身を苛んでいく、という優雅さと没落だったのだろうか。


 クロエが罹る肺の中に水連が生長する奇妙な病気、とは何か精神世界の話になるのかと思ったらファンタジーだった。何かの暗喩とも解釈できるのかもしれない。


 最初の場面、

「爪切りを手に取って、目つきに神秘的な感じを出すために、くすんだまぶたの端をぱちんと斜めにカットした」

 の描写あたりではおいおい翻訳しっかりしてくれよ、と思っていたが、スケート場のお小姓清掃隊のあたりからはなるほどこういう話なのかと理解し始めた。

 このユーモアをわかり始めると夢中になる。


「クロエによれば、ニコラはどこのホテルに行ってもそこの娘さんを相手にとんでもなくお行儀が悪いんだそうよ」(P151)

「幸いなことに、このとき天井全体がホールに落下してきて、イジスはその晩の話をくわしくせずにすんだ」(P153)


 体制や資本主義への皮肉もたっぷり。

「秘書はブロックメモと鉛筆を取り出し、記録に関する規則第六条の姿勢を取った。」(P306)


 岡崎京子の漫画版もあるらしく読みたい。


 作品のおもしろさもさることながら、ポリス・ヴィアンの人生が興味深い。

 ハードボイルド小説「墓に唾をかけろ」を架空のアメリカ人作家の、本国で刊行を禁じられた小説と銘打って出版。

 黒人による白人への復讐劇という過激な内容は裁判沙汰にもなり、パリでの殺人事件の現場にこの本が置かれていたことで一躍有名になった。

 一方でヴィアン本人の名義の作品は生前評価されなかった。

 またトランペット奏者としても活躍するが、心臓に持病を抱えていたヴィアンにとって、トランペットは危険な行為だった。

 映画化された「墓に唾をかけろ」の試写会中に心臓発作を起こし、39歳で死去。


 もし自分が殺人事件で殺されたとしたら現場に落ちててほしい本のタイトル、永遠に妄想できるな…

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