ぼくは勉強ができない/山田詠美

 一ページ目で主人公を好きになってしまった。

 そんな小説は今まであまりなかったかもしれない。

 この小説の主人公、秀美くんがどんな人間か一言で表すキャラクター的な語句は見つからず、そういうのがとても人間くさいと思う。

 良い面も悪い面もある、というよりは、ある人には良く見え、別の人には極悪に見え、長所の部分で失敗し、短所のはずの面が魅力的に見える。


 高校生の秀美くんと、派手好きのちゃらんぽらんシングルマザーのお母さんと祖父の三人家族。

 秀美くんの家族はとても温かく、それはシングルマザーにも温かい家庭はあるのだと、作者が意識して書いているような気はする。

 けれどもそれでこんなに魅力的に温かく書ける作者のセンス。


 もし自分だったら、ここに両親兄弟揃って外見は幸せそうだけど中身は不幸せな家族を登場させて、対比させようとしてしまうだろうから性格が悪い。

「父親の不在に意味を持たせたがるのは、たいてい、完璧な家族の一員だと自覚している第三者だ」

 というか、そんなテンプレート的な表か裏の構図ではないと、作者は言いたいのだろうと思う。

 そもそもタイトルを目にして、学校の勉強はできないけどもっと大切なことを知ったぼくと、学校の成績はいいけど本当に大切なことに気がつけないアイツ、のような単純な構図を想像した自分の発想の貧困さと浅はかさよ。


 学校の勉強より大切な何かがどこかに存在していて、それを見つけるというような、正解と不正解を決めるような小説ではなかった。ほとんどずっと秀美くんの内面の話だった。

「世の中には余計なお世話で白黒つけられている人が大勢いる」


 外から見たらマイノリティだったり変わり者の主人公に普遍的なことを言わせる、という構図と読めばわりとストレートな話と読めるかもしれない。そう読むとしても、秀美くん及び周りの人たちの魅力でやはりおもしろく個性的に成り立ってしまう。

 別にシングルマザーの家庭自体はそんなに同情されるマイノリティーではないのではと思ったけれど、それは時代にもよるのだろうか。むしろ周りの人たちはぶっとんだ個性派ぞろいだったと思いました。


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