第9話 初めてのレベルアップ

『レベルアップに必要な経験値を獲得しました。能力レベル2にアップします』


「え」


『解体対象が拡大されました』


「え、え? ちょ、ちょ! ナイルさん!」


 私が先ほど解体できなかったワイルドブルの前に立って出刃包丁を構えていたナイルさんの元に慌てて駆け寄る。

 バタバタと両手を動かしてナイルさんの作業を制止した。


「どうしたっすか? サチさんほど早くないっすけど、サクッと終わらせちゃうっすから待っててくださいっす」


『っす』が多いな! って、そうじゃなくて!


「いや、あの、なんかレベルアップしたみたいで! Eランクの魔物、もう一度解体させてください!」


「まじっすか!?」


 そして再びワイルドブルと対面する。

 ごくりと喉を鳴らして、改めてナイフの切っ先をワイルドブルに向ける。


(さっきはできなかったけど……【解体】!)


 ドキドキ高鳴る鼓動を押さえつつ心の中で唱えると同時に、ワッと頭の中が鮮やかな色彩を得る。何かに導かれるように、滑らかにナイフが動く。筋肉質な肉も、どこにどうナイフを入れればスムーズに捌くことができるのか手に取るようにわかる。

 スルスルスルッと止まることなくナイフを動かし、あっという間にワイルドブル1頭の解体が完了した。


『経験値を獲得しました』


『ワイルドブルの解体結果を記録しました。以降、同種個体の【解体再現】が可能となります』


「やった……! できた。できました!」


「やったっすね! 能力レベルが上がって、Eランクの解体が可能になったっすね!」


 ナイルさんと手を取り合ってぴょんぴょんと跳ねていると、ドルドさんが部位ごとに綺麗に解体されたワイルドブルの様子を確認していた。


「うむ。相変わらず無駄のない動きだったし、断面も美しい。素材に傷もついてねぇし、完璧だな」


「えへへ、ありがとうございます!」


 ドルドさんは優しい笑みを浮かべると、ワシワシッと私の頭を撫でた。ガタイも良くて力も強いから、撫でたなんて可愛いものではないんだけど、褒められ慣れていない私の心をくすぐるには十分すぎた。


(元いた世界で最後にちゃんと褒められたの、いつだったか覚えてないや)


 毎日仕事に追われて終電まで働き通しだった私の周りは、みんな限界ギリギリの人ばかりだった。


 人はキャパオーバーになると、他人を気遣う余力はなくなる。


 ましてや、相手を褒める余裕なんてない。

 1つの作業が終わったら、また別の作業が降ってくる。褒める時間があれば1つでも多くの仕事を振る。

 そうして辛うじて回っていた会社から褒める風習が消え失せたのも仕方がなかったのかもしれない。


(褒められるのって、こんなに嬉しいんだ)


 心の余裕もなくなり、些細なことで心動かされることもなくなりつつあった私。

 異世界にきてまだ2日だけど、何か大切なものを取り戻せた気がする。


 たくさん解体して、もっともっとドルドさんたちの役に立ちたい。それに、この【天恵ギフト】の能力レベルを上げるとどんなことができるようになるのか、ワクワクして仕方がない。


「私、お役に立てるように一生懸命頑張ります!」


「おう! 頼りにしてるぜ、新入り!」


 魔物解体カウンター内に、ほわりと和やかな空気が流れる。


 が、そんな穏やかなひと時は昼食前までのことだった。

 陽が傾くにつれて、クエストに出ていた冒険者たちが一斉に帰還し、魔物解体カウンターに押し寄せてきたのだ。


「おい! FランクとEランクはサチに回せ!」

「はいっす!」

「ローランとナイルはそっちのDランクの解体を頼む! 肉の持ち帰り希望だから先に捌いちまってくれ!」

「わかりました!」

「サチ、解体結果を記録している魔物を先に片付けて、どんどんEランク以下の魔物に触れておけ!」

「は、はいいい!」


 低ランクの魔物は仕留められる頻度も高いし、一般的に食肉として定着しているものが多い。つまり、持ち込まれる魔物をランク別に分けた場合、半数以上をFランクとEランクの魔物が占めているのだ。【解体】のおかげで瞬時に解体を進めているけれど、如何せん持ち込まれる頭数が多すぎる。


『経験値を獲得しました』

『コカトリスの解体結果を記録しました。以降、同種個体の【解体再現】が可能となります』

『経験値を獲得しました』

『経験値を獲得しました』

『経験値を獲得しました』

『経験値を獲得しました』

『経験値を獲得しました』


 先刻までのキラキラ充実感を抱く余裕もなく、私は目が回りそうになりながら作業を続けた。激務だ!






 業務終了時間の午後8時となった魔物解体カウンターには、げっそりと膝から崩れ落ちる私、ローランさん、ナイルさんの姿があった。


「ふむ、Fランクの翌日持ち越しはなし。お、Eランクもか。サチのおかげだな」


「そんな、恐縮です」


 1人ピンピンしているドルドさんは化け物なのかもしれない。作業状況と積滞している魔物をチェックして明日の朝の業務を整理している。


「サチがEランク以下をあっという間に片してくれるから、ローランたちはより高ランクの魔物の作業に移ることができて助かった。本当にうちに来てくれてありがとう。感謝の言葉以外、気の利いた言葉が思い浮かばなくてよお……」


 気まずげに頰を掻くドルドさんの耳が赤い。作業台に向かっていて、こちらには大きな背中しか見えないけれど、それも照れ隠しなのかもしれない。ちょっぴり可愛いかも。


 それに、きちんと褒めて、評価して、感謝してくれる上司って、控えめに言っても最高じゃない?


「いえ、こちらこそ。いきなり異世界に召喚されて、しかも事故で帰れもしないと言われた時にはどうしようかと思いましたが……こうして住む場所も仕事も、素敵な同僚も手に入れることができました。おかげさまでなんとかやっていけそうです」


「サチさん〜! うっ、俺にできることがあればなんでも言ってくださいっす!」


「自分もサチさんと一緒に働けること、光栄に思いますぜ! これからどうぞよろしくお願いします」


 疲労が滲む顔をくしゃりとさせて笑うナイルさんとローランさん。仕事内容は過酷だけど、ここには私を必要とする人たちがいる。彼らとならきっとうまくやっていける。


「はい! 改めて、よろしくお願いします!」


 私は満ち足りた気持ちで自室へと向かった。








―― ―― ――

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