第10話 受付嬢のアン

「あ! あなたがサチさん?」


 翌朝、スッキリ目覚めた私は隣接している食堂で朝食を済ませると、職場であるギルドに足を踏み入れた。

 受付カウンターの前を通りかかった時、朝礼を済ませた受付嬢の一人がカウンターから身を乗り出して私を呼び止めた。


「はい、昨日から魔物解体カウンターで働くことになりましたサチです。ええと……」


 どちら様だろう?

 ギルドは大きな組織だけあって、働いている人は多い。

 まだ魔物解体カウンターの面々、そしてサブマスターのアルフレッドさんしか面識がない私は、声をかけてくれた人が誰だか分からない。申し訳なくて眉を下げていると、当人は「ああ、ちょっと待ってね」と明るく笑いながらカウンターを回り込んで私の前までやってきた。


「私はアン! ギルドの花の受付嬢だよ。『アン』って気軽に呼んでね! あなた、聖女様の異世界召喚に巻き込まれたんですって? 大変だったわねえ」


 アンは肩までの長さのふわふわした茶髪にクリッとした丸くて大きな瞳がとても愛らしい。身長は私と変わらなさそうだけど、人懐っこい笑顔がとても魅力的な印象を受けた。


 どうやら私の噂は既に広まっているらしく、アンの後ろには興味津々といった表情の受付嬢の皆さんがカウンターから顔を覗かせている。


「あはは……確かに突然知らない世界に呼び出されてどうしようかと思いましたけど、いい職場も見つかったので前向きに頑張る所存です」


 苦笑しつつ堅苦しい返答をすると、アンは目をぱちくり瞬いた後、快活な笑みを浮かべた。


「うんうん! 悩んだってどうにもならないことは考えるだけ時間の無駄だよね! 何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね。あなたの職場、男所帯だから女の子の困りごとには疎いでしょうしね」


 パチリと可愛くウインクをするアン。正直その通りだと思うので、こうして気さくに話しかけてもらえて嬉しかったりする。


「ありがとうございます……! 嬉しいです」


「やだあ、敬語はやめてよ。私、あなたと仲良くなりたいな。魔物解体カウンターで初の女性職員が採用されたって話題で持ちきりなんだよ。ねえ、今日のお昼一緒に食べようよ」


 なんとコミュ力の高いお嬢さんなのかしら。

 アンの勢いに半ば圧倒されながらも、こちらの世界に来て初めての女友達ができたことに内心浮かれている私は、彼女の提案を快諾した。


 というか、元の世界でも友達といえる友達はいなかったし作る暇も心の余裕もなかったなあ。大概ひどい人生を送ってきたものだわ。

 これからはもっと人間関係やご縁を大切にしよう。


「分かった、アン。じゃあ、仕事がひと段落したら受付カウンターまで来るね」


「うん、待ってるねえ!」


 アンが元気よく手を振り見送ってくれる中(同じ建物内に移動するだけなんだけど)、私は足を弾ませながら魔物解体カウンターへと向かった。



 ◇◇◇



 昨日持ち込まれたFランクとEランクの魔物は全て解体済だったので、今朝は新規で持ち込まれてくる同じランクの魔物の対応に当たった。


 そしてお昼時。


 魔物解体カウンターが火を吹くのは昼以降なので、少し早めにお昼休みを頂戴した私は、アンを誘って食堂に来ている。


 今日のメニューはトサカーンの卵とじ丼とポトフ。元の世界の親子丼にそっくりでとても食べやすい。魔物の肉だし解体前の姿を知っているだけに、ちょっぴり抵抗もあったけれど、ほろりとほぐれる柔らかなお肉が口当たり良くてどんどん食べてしまう。


 アンと私は詳細な自己紹介をはじめとし、いろんな話をした。


 アンは20歳で次の誕生日で私と同じ歳になる。

 歳も近くて人懐っこい性格のアンと私はあっという間に打ち解けた。


「ああ、そういえば、ブライアン王子率いる勇者パーティが明日魔王討伐の旅に出立するらしいよ」


「え、早いね」


 私と例の女子高生――梨里杏が召喚されてからまだ3日目だというのに……もう魔王討伐の旅に出発するの!?


「聖女様以外のメンバーは揃ってたし、道具や武器の準備も整ってたみたいだからね。あとは聖女様を呼ぶだけって状態にしてから召喚の儀式をしたらしいよ」


 アンは随分と噂好きで情報通らしい。

 目を爛々と輝かせながら持ちうる情報を共有してくれる。


「聖女様も大変だよねえ。だって、街に着くまではずっと野宿でしょう? 夜は魔物も活性化するし、魔王城もこの広いフィードラシア大陸を北上して、海を渡って、さらにその先の大陸をずーっと進んだところにあるんでしょう?」


「そ、そうなの……」


 私は召喚されて目覚めた後の梨里杏の様子を思い返す。

 いかにも今時の女子高生って感じの普通の女の子だったと思うけど、そんな過酷な旅に耐えられるのかなあ?


 ――いや、私にはもう関係のない話ね。

 私の【天恵ギフト】は魔王討伐には役に立たないと笑われたけど、ギルドにはその【天恵ギフト】が必要だと褒めてくれて、必要としてくれる人がたくさんいる。


 力を発揮するなら、私を求めて期待してくれる人たちのために頑張りたい。

 それにきっと、いや間違いなく、私が手に入れた生活の方が安定しているし楽しいもんね。


 もし、魔物解体カウンターに運ばれてくる魔物たちと路端で遭遇したとしたら?

 ――うん、無理。倒せる気がしないわ。


 世界の命運は、運命に選ばれた彼らに任せて、私は私の生活を守っていこう。


 目下の目標は、たくさん解体して経験値を貯めて、さらに能力レベルをアップさせること!

 今はEランクまでしか解体できないけど、DランクにCランク、もっと上のランクの魔物もいつか解体してみたい。


 昨日ドルドさんに借りた魔物図鑑には、ランク別に多様な魔物が記録されていた。Aランクのページには、ファンタジー世界にお馴染みのドラゴンの描画が掲載されていた。


 私もいつか、ドラゴンを解体できる日が来るのかな?


 そんなことを考えてワクワクしてしまうのだから、私もすっかり魔物解体カウンターの一員になってしまった。


「――やだ、もうこんな時間? ありがとう、サチ。また時間が合えばご飯食べようね!」


 時計を見ると、間も無く休憩時間が終わりを迎える頃合いとなっていた。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。


「うん、こちらこそありがとう。アンと友達になれて嬉しい」


「もう〜! サチったら!」


 食べ終わったお皿を片付けながら、素直に感謝の言葉を伝えると、アンは照れ笑いを浮かべた。


 ホクホクした気持ちで魔物解体カウンターに戻ると、ローランさんに「何かいいことでもあったんですかい?」と尋ねられた。


「はい! お友達ができました!」


「おう、それは良かったな! ギルドには変わった奴も多いが、みんないい奴だから安心して付き合えばいいぞ」


 近くにいたドルドさんも我がことのように喜んで微笑んでいる。


 そして例の如く、和やかな空気は午後からの怒涛の持ち込みラッシュに呑まれて吹き飛んでしまい、終業時間まで目が回るほどに働き続けることになったのだった。

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