第7話 【解体】の真価

「え、なに? 頭の中で声が……! 経験値? なんのこと?」


 突然頭の中に響いた無機質な声。


『経験値が一定数に達すると、能力レベルがアップします』


『ホーンラビットの解体結果を記録しました』


『解体結果の記録により、以降、同種個体の【解体再現】が可能となります」


 待って!? 情報量が多い!


 頭を抱えて目を白黒させる私をみんなが怪訝な顔で見ている。


「頭の中で声……能力レベルが上がる時のアレか?」


「サチさん、天の声はなんと言っていますか?」


 天の声? そのまんまじゃない!


 とにかく、この声は【天恵ギフト】持ちには馴染みのあるものらしい。

 私は頭の中で響いた声に言われた内容をそのまま伝えた。


「経験値……ふむ、一定数の経験値が貯まれば能力レベルが上がるのものですね。恐らく、サチさんの場合は【解体】することで経験値を獲得する……つまり、解体すればするほど経験値が貯まる、ということですか」


 戦闘向けの【天恵ギフト】であれば、魔物を倒した分だけ経験値が手に入り、職人向けの【天恵ギフト】であれば、作品を生み出した分だけ経験値を獲得するらしい。


「経験値については分かったけどよ……【解体再現】ってのはなんだあ? スキルか?」


「そればかりはやってみないことには分かりませんね。サチさん」


「はい!」


 どこか顔色の悪いアルフレッドさんに促され、私はナイルさんからもう1頭ホーンラビットを受け取った。作業台に横たえ、ナイフを構える。


 えっと、頭の中で唱えるように……


(【解体再現】)


『解体対象、ホーンラビットの記録を確認。【解体再現】を実行します』


「え? わあっ!」


 頭の中で声が響いたと同時に、目にも留まらぬ速さでナイフを持つ手が動いた。

 シュパパパァン! と小気味良い効果音と共に、一瞬でホーンラビットが解体された。


 呆然としているのは私だけではなく、この場にいる全員が今起きたことを頭で処理できずにフリーズしている。


「ちょ、マジっすか! もう一回お願いするっす!」


 真っ先に我に返ったナイルさんが興奮気味に倉庫に走り、ありったけのホーンラビットを担いできた。1、2、3……8頭もいる! これちゃっかり自分の分の仕事を押し付けてきてない!?


 作業台にズラリと並べられたホーンラビット。みんなが固唾を飲んで見守る中、私は再びスキルを発動した。


(【解体再現】!)


 シュパパパパパパパパァン!!


 頭の中で唱えると同時に、8頭のホーンラビットは全て綺麗に解体された。


「きゅ、救世主だ〜〜〜!!!」


 大興奮したローランさんとナイルさんに危うく胴上げされそうになったところをひらりと躱わす。

 ドルドさんは開いた口が塞がらないといった様子でしばらくパチパチ瞬きをしていた。


「なんてこった。サチって言ったか? お前さんさえ良ければ是非とも今日から正式採用させてくれ」


「本当ですか! よろしくお願いします!」


 私は迷わず快諾する。これで脱・無職!

 ドルドさんは苦笑しつつも一歩歩み出て手を差し出してくれた。


「まったく、とんでもねえ嬢ちゃんだ。仕事は厳しいが、あんたならなんとかなりそうだな。改めて、これからよろしく頼む。冒険者が押し寄せる前に、もう少し解体してみてくれるか?」


「はい、もちろんです! 一度解体した魔物は【解体再現】できるみたいなので、ホーンラビット以外の魔物も解体してみたいです」


「おお、そりゃいい。おい、ナイル! 昨日預かった低ランクの魔物、ドンドン持ってこい!」


「はいっす!」


 ドルドさんの掛け声で、嬉々としながらナイルさんが倉庫に駆けて行った。絶対自分の割り当て分を持ってくると思うけど、私ももう少し能力を試したいからちょうどいいか。


「魔物の解体には、魔物に対する知識が必要になる。高ランクになればなるほど身体の構造や特徴も特殊なものになるからな。毒や瘴気を帯びたやつもいる。サチの場合は、スキルが解消してくれそうだが……とにかく知識を持っておいて損はない」


「はい!」


「おう、いい返事だ。とりあえず、有名どころは載ってるからこの『魔物図鑑』に目を通しておけ。分からないことがあったらそこのサブマスに聞くといい。その図鑑の作成者で、ああ見えて魔物オタクだ」


 ドルドさんがグッと親指を立てて後ろに居たアルフレッドさんを肩越しに指差した。

 アルフレッドさんは照れくさそうに鼻の下を掻いている。


 なんと!

 図鑑の作成者がこんなに身近にいようとは。

 この人サブマスターって言ってたし、【鑑定】持ちで聖女召喚にも呼ばれていたし、実はとんでもなく凄い人なのでは……


「アルフレッドさん、これからも是非色々と教えてくださいね!」


「あ、サチ、ダメだ」


 私は改めてお願いするために、アルフレッドさんに駆け寄ってとびきりの笑顔でその手を取った。

 なぜかドルドさんの制止する声が聞こえたけれど、その時にはすでに手を握っていた。


 仰いだアルフレッドさんの顔が、ドンドンと青白くなっていく。気のせいじゃなければ元々顔色が悪かったけど、大丈夫? というぐらい真っ白になって、最後には泡を吹いて後ろ向きにぶっ倒れてしまった。


「わー! アルフレッドさん!?」


 慌ててしゃがみ込もうとしたところをドルドさんに止められた。


「やっぱりこうなったか。すまんな、こいつは血が大の苦手なんだ。普段は解体現場に極力近付かねえんだが、無理していたようだな」


「え?」


 渋い顔をするドルドさんに指さされて、ようやく私は自分のエプロンに視線を落とした。


 おっと、これは……


 ホーンラビットは既に血抜きがされていた。

 けれど、あくまでも応急処置。全て抜け切っていたわけではなかったので、私のエプロンは解体作業時に浴びた血がしっかりとついてしまっていた。


「あちゃー……」


 こんな血まみれの女に笑顔で迫られて、さぞかし恐ろしかったことでしょう……


 今更ながらアルフレッドさんに頭を下げてお詫びしたけれど、気を失っている彼には届かなかった。

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