第6話 初めての【解体】

 そして翌朝、割り当てられた従業員用の一室(まだ仮雇用だけど)でぐっすりと眠った私は、借り物のエプロンと手袋を身につけて魔物解体カウンターの内側にお邪魔していた。


 ちなみに元々着ていたオフィスカジュアルの服とヒールの靴はこちらの世界では浮いてしまうので、支給されたギルドの制服一式を身につけている。

 受付の女性たちが着用しているのは白と紺を基調とした落ち着きのあるワンピース。

 でも、私の職場は魔物解体カウンター。

 ワンピースよりも動きやすいパンツスタイルが好ましいと判断し、足首がキュッとしまったゆとりのあるズボンを頂戴した。機能性重視よね。


 冒険者がクエストに向ったばかりの午前中は、新規の依頼はほとんどない。前日の残りの対応や、夜間にクエストに出ていた冒険者が持ち込む魔物の解体にあたるらしい。


 というわけで、私の腕試しをするには朝一がもってこいというわけなの。


 この場にいるのはドルドさん、ローランさん、ナイルさん、そしてアルフレッドさん。みんなどこか緊張した面持ちで佇んでいる。


「嬢ちゃん、ダメで元々だ。無理せず気楽にな」


 ドルドさんは私に解体用のナイフを手渡してくれた。元いた世界の包丁によく似た形状をしている。

 ドキドキ高鳴る胸を押さえながら、私はナイフの柄を持った。


 サービス残業まみれの限界OLに甘んじていたけれど、元々は料理人志望。高校3年間は調理師免許の取得を目指して調理技術を磨いてきた。

 料理人にとって調理器具は相棒にも等しい。


 私は今、解体に欠かせない相棒を手にしている。


 そう思うと、自ずと気分も高揚してしまう。

 魔物だって、ジビエだと思えば怖くないわ。


「初心者向けの魔物はこれっすね。ランクも一番低いFランクで、ホーンラビットっていうっす」


 そう言ってナイルさんが作業台に置いたのは、額にユニコーンのようなツノを生やした一見ウサギのような魔物。駆け出しの冒険者がまず相手にするのがこのホーンラビットなのだとか。


 私はゴクリと生唾を飲んで、ホーンラビットが横たわる作業台の前に立つ。


 ギュッとナイフを握り締め、獲物に切っ先を向け――手を止めた。

 重要なことをすっかり忘れているじゃない!


「――【天恵ギフト】の能力って、どうやって使うんですか?」


 緊張感に包まれていた場の空気が一気に緩み、固唾を飲んで見守っていたアルフレッドさんがずっこけた。随分とオーバーリアクションな人ね……


「そ、そうですね。確かに、昨日こちらの世界に来たばかりでいきなり能力を使えというのも酷な話ですね。すみません。慣れれば呼吸をするように発動できるのですが、初めてなら頭の中で【天恵ギフト】の名称を唱えてみるといいでしょう」


 ずり落ちた丸眼鏡をクイッと持ち上げつつ、アルフレッドさんが教えてくれた。


「なるほど」


天恵ギフト】の名称、つまり――


(【解体】)


 頭の中で呪文を唱えるように【天恵ギフト】の名称を思い浮かべると、身体の芯が熱くなるような感覚に襲われた。


 わ、なにこれ……


 まるで見えない糸に導かれるように、私はホーンラビットに手を添えてナイフの切っ先を差し込んだ。驚くほどにスルスルと身体が動く。

 どこをどう切って、どう力を込めれば効率的に解体することができるのか、頭の中に解体の地図が展開されているような不思議な感覚。

 ナイフもよく手入れされているようで、とても切れ味が良くて気持ちがいい。


 肉、皮、ツノ、牙、爪。

 大きく五つの部位に解体し、作業台の上に綺麗に並べる。

 無駄な動きひとつなく、スムーズにすべての部位を解体し終えた。


 それにしてもビックリした! 身体が勝手に動いて、的確にナイフを入れていった。

 まるでオートマチックに身体が動いているような感覚。これが【解体】の能力なの?


「あ。で、できました……!」


 初めての解体の余韻に浸っていて、危うく終了の合図を忘れるところだった。

 何せ初めてのことだから、私の作業が早いのか遅いのか、部位の切り出しも的確なのか間違っているのか判断がつかないもんね。


 評価を求めるべくドルドさんに視線を投げるが、彼は信じられないとばかりに目を見開いている。


「し、信じられん。あまりにも早すぎる」


「え?」


 他の面々も、呆気に取られたように口を半開きにしている。


 え、どういうこと?


「初めて見た魔物をこれほど的確に解体するとは恐れ入った。断面も美しい。何より、動きに無駄がない分、作業が早すぎる……なるほど、【解体】ねぇ……こりゃあ、とんでもねぇ能力かも知れねえぞ」


 よく分からないけれど、とりあえず合格点はもらえそう。


 ホッと一安心したその時、私の脳内に機械的な声が響いた。


『経験値を獲得しました』

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