第5話 お試し採用

 アルフレッドさんの爆弾発言の後、仕事の邪魔になるからと一時撤退した私たちは、ちょうど夕飯時に差し掛かっていたため、食堂で賄いをいただいた。料理は元の世界に近しいものばかりでホッとしつつじっくりと味わった。

 とっても美味しかった。そういえばこちらに来てからまともに食事をしてなかったもんね。


 腹ごなしが済んでから、職員用の部屋を案内してもらった。

 部屋はワンルームでベッドとクローゼットとテーブルのみのシンプルな造りになっている。

 トイレとお風呂は共有スペースにあり、職員であれば誰でも自由に利用できる。チラッと覗いてみたら、なんと水洗トイレだったの! 昔に召喚された私の世界の人が普及させたんだって。神。


 そして魔物解体カウンターが閉まる午後8時、私たちは再びカウンターにやってきた。


「それで、そこの華奢な嬢ちゃんが新人だって言うのか? 正気か?」


「僕はいたって正気ですよ」


 こんなヒョロヒョロのか弱い女の子に、果たして魔物解体なんてハードワークが務まるのか。ドルドさんの目はそう言っていた。私もそう思う。不安しかない。


「紹介が遅れました。彼女は異世界召喚でこちらの世界にやってきたサチさんです。サチさん、この方は魔物解体のスペシャリストでここを統括しているドルドさん。それから従業員のローランさんと、ナイルさんです」


「異世界召喚……そうか、大変だったな。ドルドだ。よろしく頼む」


「ローランですぜ。お見知り置きを」


「ナイルっす! よろしくっす」


「サチと申します。よろしくお願いします」


 向かい合って互いにペコリと頭を下げる。


 ドルドさんは白髪混じりの銀髪で、耳上を刈り上げた短髪。瞳の色は灰色で、見上げるほどに背が高い。魔物解体のスペシャリストというだけあり、筋骨隆々の素敵なおじさま。年季の入った紺色のエプロンをつけている。


 ローランさんはトサカのように茶髪を僅かに逆立てていて、瞳の色は赤茶色。とても疲れた顔をしているけど、優しそうな人だわ。


 ナイルさんはこの中で一番若そうね。私より少し上ぐらいかな? 明るいオレンジ色の髪を後頭部でキュッと縛っている。瞳の色は茶色で、元気が取り柄という印象を受けるわね。


 自己紹介が済んだところで、アルフレッドさんが本題に入る。


「サチさんは、【解体】という【天恵ギフト】を有しているのです。僕が思うに、彼女の能力は建設業における解体というわけではなく、対象に制限がないのではないかと推察しています。つまり、その対象が魔物でも能力を発揮できるのではないでしょうか。能力レベルがまだ1なので、詳しくは僕の【鑑定】でも分からないのですが、試してみる価値はあるかと思います」


「【解体】ぃ? 聞いたことがねぇ【天恵ギフト】だな」


「ええ、前例はありません。やはり彼女が異世界から来たということで特別な【天恵ギフト】を得たのだと思われます」


 どんどん話が進んでいくけれど、私はさっぱりついていけない。サラッと流されたけど能力レベルって何ぞ。

 チラッとナイルさんを見ると、白目を剥いているので話が分からないのは私だけではなさそうだわ。ホッ。ナイルさんとは仲良くなれそう。


「ううむ。もしその能力が魔物解体で真価を発揮するってぇなら、俺たちにとっちゃ願ったり叶ったりだが……」


 言い淀むドルドさんから、私は魔物解体カウンターの現状を教えてもらった。


 夕方に目の当たりにしたように、魔物解体カウンターには毎日大勢の冒険者がその日の獲物を持って詰めかける。

 アルフレッドさんの言うとおり、収入源として魔物素材の需要は随分と高いんだって。その日の戦果を持ち込むことになるため、必然的に陽が傾きかけた頃合いにドッと冒険者が押し寄せてくるのだとか。

 魔物の解体には魔物についての知識が求められ、巨大な肉塊を捌き、硬い皮やツノを削ぎ落とす力が必要になる。毎日何十体も解体するので体力は言わずもがなとっても重要。そんな過酷な仕事を求める人はほとんどおらず、求人を出しても一向に人が入らない状況にあるらしい。

 とはいえ、魔物素材を取り出すには解体は必須。このままだと依頼は増え続けるばかりで解体作業が追いつかなくなってしまう。業務が積滞してしまうギリギリの状況とのこと。


「というわけで、俺たちゃ確かに喉から手が出るほど人手が欲しい。だけどな、か弱い女にこの仕事が務まるとも思えねぇ。悪いが、そう易々と採用するわけにはいかねぇぜ」


 腕組みをして渋い顔をするドルドさん。

 一方のアルフレッドさんはどこか得意げに胸を張っている。


「前例のない能力なので、確証は持てませんが、何事もやってみなければどんな結果をもたらすか分からないではありませんか。サチさんはまだ、【解体】の能力がどのようなものか試していません」


 アルフレッドさんの優しい眼差しがこちらを向く。


「サチさんさえよろしければ、ギルドを救うと思って魔物解体カウンターで働いてみませんか? もちろん、強要ではありません。数日働いて、やっていけそうにないということでしたら他の仕事を探しましょう」


 正直なところ、夕方に見た魔物解体カウンターの中にこの世界の知識すらない私が飛び込むなんて無謀だと思った。


 けれど、アルフレッドさんの言うことも一理ある。私はスマホとリュックを失ってまで授かった【天恵ギフト】とやらをまだ使っていないんだもの。


 せっかく異世界に来たのだから、なんでも挑戦しないと損じゃない?


「私、やってみたいです。まずは数日、私を魔物解体カウンターで雇ってください! お願いします!」

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