第35話 番外編⑤ 妹の帰省(その3)

その後、夕食時となり、花音さんの車で本町にある『割烹居酒屋 ともえ』へ来た。


俺も初めて来るのだが、ネットでは高評価のお店で、特に『晩酌セット』が好評らしい。

一人で飲みに来る方も多いのだろう。


お店自体は小さめだが、和の雰囲気を感じる外観だ。


「いらっしゃいませ~!あ、ハナさん!ようこそいらっしゃいました」と女将さんと大将さんが挨拶してくれた。


「ケイ、女将さんとメニューの件で少しお話しますので先に座っていて下さい」と言われて、俺と香織はお店の奥の方へ案内された。


部屋というよりは、ブースの様な席へ案内された。通路側の窓からは中庭が見えて、ちょっとした日本庭園の趣だ。


席は四人掛けのテーブルだ…。どう座ったら…?


「お兄とハナさんが座ればいいじゃん?私は一人で向かい側に座るよ?」


「いや…でもなぁ…」それだと、香織が寂しくならないかな?


「どうしました?」と花音さんが来た。


「席なのですが…」


「私と香織さんが並んで座ればいいですね?香織さん、よろしいですか?」


「ええ、全然。お兄は変に気にしぃだからね~」


「いや、だって…花音さんと俺が座ったら、見せつけるみたいになるだろ?」


「はいはい、ご馳走さま。もう気にしないわよ。そんなこと~」


「私と香織さんが向かい側に座れば、ケイは二人の顔を見ながら話せますから、それでいいじゃないですか?」


「はい…、ありがとうございます」


「さ、飲み物を選びましょうか?私は最初は生ビールを。香織さんは?」


「同じでお願いします。あの…、後で日本酒を頼んでもいいですか?メニューに黒龍があるんでを飲んでみたいんです!」


「もちろん。ケイは?」


「俺はノンアルコール・ビールでお願いします」



飲み物とお通しが来た。


「では、乾杯しましょう。香織さんの一時帰省に乾杯!」と花音さんが音頭を取ってくれ、グラスを合わせた。


お通しは竹の子の味噌和えだった。

美味っ!これは…ご飯が欲しくなるな。



「お待たせ致しました~」と来たのは何と、舟盛りだ!豪華…。


「ちょ…、ちょっとハナさん?大盤振る舞い過ぎません?」


「そんなことありませんよ~。まだまだ来ますからね。さあ、食べましょう!」


「いただきます。…マグロ美味っ!」


「ちょっと、お兄!アワビもあるよ!私、何年振りだろ…?」


「そう言えば…、香織さんはいつからケイの事が好きだったんですか?」

と花音さんが聞くと、香織はちょっとむせ込んでいた。


「ケフっ…、そうですね。親同士が再婚したのが、お兄が中一で私が小五の時だったんです。意識し始めたのは、私が中学生の頃からですね。それこそ、なんとなくで…」


「何か、きっかけはあったんですか?」


「う~ん、日常的に優しくて、何となく趣味とかも合って、話しやすかったんですよ。

親が共働きだったので、学校での悩み事や、いろんな事はお兄に相談してたんです。

そんな事もあって、同級生の男子には無い魅力がお兄にはあって…それで…」


「かなり…、前からですねぇ。ケイは気付いてたのかしら?」


「まあ、なんとなくは。ただ、兄妹ですからね。朝起きると布団の中に度々居るのには驚きましたけど」


「ふ~む、一線を越えてる兄妹では…ないんですよねぇ?」


「以前も言いましたが、それは無いで…」


「けど、お兄のファースト・キスの相手は私です!」


「「えっ!?」」俺と花音さんがハモった。


「それ、俺知らないんだけど…、いつ?」


「それは言えないねぇ。これは私が墓まで持って行きます!」


「ちょお待て…いつだよ…?今まで知らなかったぞ俺!?…俺は千崎さんがファースト・キスだと思ってた」


「あー、あの女ね?いきなり舌突っ込んで来たって、どんな痴女なんだか…」


「ケイ!?千崎さんに、最初のキスでいきなり舌を入れられたんですか?」


「はぁ…まあ、そうなん…です」


いったい、なんの話をしてるんだ?俺達は…!?


「その流れで…、生殺しだったんですね?それはもう、トラウマ案件確定ですねぇ。…あ、サザエのつぼ焼きが来ました…」


「…久しぶりだなぁ。サザエのつぼ焼きなんて、子供の時以来ですよ」


なんだか、気が気ではない話が続いて、味がわからなくなりそうだ…。


「けど、お兄が絶不調の時にハナさんと出会わなくて良かったわねぇ?」


「そんなに、酷かったんですね?ケイからも聞いてはいましたが…」


「私も、何度か帰って来てたけど、話しかけても反応が無いこともあったりして…。ずっと何かを考え込んでいるのと、とにかく暗いのとで…。

ホントに仕事に行ってて大丈夫なのかなって、心配してはいたんです。けど、『大丈夫だから』の一点張りで…」


「…そうだったんですね?何か回復のきっかけはあったんですか?」


「そうですね…。時間の経過と共に心の傷が薄れたと言うのもありますが、香織から『世の中、考えても答えが出ないこともあんのよ!特に男女の間ではね!』と怒鳴られた事がきっかけだったのかも知れません」


「それでも結局、答えは見つからず仕舞いなのよね、お兄は?」


「まあ、そうだな。と言うか、どうでも良くなった…」


「長かったよねぇ…。あの当時のお兄に、今のセリフを聞かせてやりたいわねぇ?」


「お待たせ致しました~」と店員さんが運んで来たのは鍋…。そんなに大きくはないけど、なに鍋だろう?


すかさず、花音さんは日本酒を頼んでいた。

「黒龍を私はぬる燗で、香織さんは?」


「私も同じで、お願いします」


「鍋は今日のメインの、すっぽん鍋ですよ~」と花音さんは微笑みながら言った。


「すっぽん!?俺、初めて食べます」


「私も食べたことないや…。美味しいのかな?」


「とても美味しいですよ!出汁もいいんですけど、お肉がとっても美味なんです。取り分けますね~。女性に嬉しいコラーゲンもたっぷりです」


見た目は普通なのと、臭みもないな。


「これは…美味い!上品な感じの味ですね」


「ホントに!出汁も美味しい!」


「良かった。舟盛りもそうでしたけど、今日は二人にこれを食べさせたかったんです。

…あら、電話だわ、ちょっと失礼」

と花音さんは席を立って行った。


聞くなら、今かも知れない。


「…香織。何か、悩んでる事があるんじゃないのか?」と俺は聞いてみた。


「…ん~。後で話そうと思ってた事はある…。なんで、気付いたの?」


「いつものお前には無い陰がある気がしたんだよ。俺では、力になれない事なのか?」


「…そんなことないけど。後で、部屋に戻ってから話たいな。出来れば二人で」


「…わかった」


その後、花音さんが戻ってきて、シメにデザートのカシス・シャーベットを食べて、その場はお開きとなった。


さて、会計に……あっ!?


「ケイ…、千崎さんでは?」


会計の所に、千崎さんと年配の男性が揃って立っていた。


「ちょっと!あの女が千崎なの!?」と香織は勢い込んだ。


「香織、落ち着け!」


「無理無理っ!!ちょっとお!アンタが千崎莉那ね!?ここで会ったが百年目っ!!モゴっ…!」

俺は手で香織の口を塞いだ!コイツ…相変わらず突発的な行動を…。


「あら?柏野君…。お久し振りね…?お元気そうで…何よりね…」

と千崎さんはあまり元気がなさそうに話した。

なんだか少し老けた様な…。


「莉那さん、どなたかな?」

と年配の男性が聞いた。父親ではない…。

千崎さんの父親は何度か見かけた事がある。

新しい彼氏だろうか?


「元同僚の方なんです。…行きましょうか、雅彦さん」


その男性は頷いて、千崎さんの肩を抱き寄せて去って行った。


「ここは私が…」と花音さんが会計を済ませてくれ、俺達は帰路に着いた。

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