第31話 番外編① 花音さんの占い

花音さんは、副業で占い師もしている。


宣伝の類いは全くしておらず、ホームページ等も作成していない。


完全な口コミでの、紹介による依頼であった。


なので依頼自体が多くはないのと、料金も良心的な金額設定だ。



俺と花音さんが付き合い始めて、二週間程経ったある日の事である。



夕食の後に、俺が食器を洗っていた時の事だ。


一緒に住むようになってからは、主に花音さんが調理して、洗い物は俺が担当している。


「そういえばケイって、私に占って貰おうとか、視て貰おうとか、言わないですよねぇ?」と花音さんがポツリと言った。


「そうですね。正直言うと、『怖い』と言うのが理由です。

花音さんの事は勿論好きなんですが、何でも見透かされるのは、ちょっと怖いんですよ」


「そんなぁ、そこまでは視ませんよ~。

誰にだってプライベートな面はありますからね。私の能力を知ってる人は少ないのですが、知ってしまうと依存的になったりもしますので…。

ケイは全く無いのが不思議なんですよね」


「あまり、大きすぎる力に頼るのは良くないと思うんですよ。出来るだけ、自分の力で何とかしたいと言うのが本音です。自分の人生ですからね」


「ふむ…流石、私が選んだ人と言うだけはありますね?」


食器洗いが終わると、花音さんはミント・ティーを淹れてくれた。


俺は、それを飲みながら話し出した。


「そう言えば花音さんは、バーで最初に会った時に俺の事を視たんですよね?

どんな内容だったんですか?」と俺が聞くと、

花音さんは顔を赤くしてモジモジし出した…。


「それは…その…、今は言えないんですよ~。

その時が来たら、お伝えしますね?」


え~…!めっちゃ、気になるなあ…。


言えないなら仕方ないのか。

けど、念のため…


「あの、悪い事…では無いんですよね?

まあ、生きてれば、いつかは死ぬでしょうから、そこは仕方ないな、とは思うんですけど…」


「ええ、全然悪いことではありませんよ。

それと、明日は占いの時の助手をしてもらうので、基礎知識をお伝えしておきますね」


「良かった。悪い事ではないなら安心です。

そうですね、基礎知識と、俺の役割を教えて下さい」


「それでは、祖母から教わった占いの時のルールからご説明しますね。

まず、占いには三禁があります。

一つは、人の生死に関わる事は占わない。

二つ目は、投資やギャンブルに関する事は占わない。

三つ目は、浮気や不倫に関する事は占わないです。

これについては、私が祖母から教わった事で、他所の占い師では三禁なんて無い方も、中にはいらっしゃいます」


「なるほど、『貴方はいつ死にます』なんて言われたらショックですもんねぇ。それと、ギャンブルと不倫か…」


「そうです。中には、負の側面を逆手に取って、お金儲けに走る占い師もおります。

例えば「このままでは一年以内に死んでしまうので、このアクセサリーを買いなさい!」とか、

怪しげな「エネルギー治療を受けなさい!」

「除霊を受けなさい!」等と言った事を言う占い師も居るのが現状です」


「なるほど、占いの料金だけではなく、オプション的な、他の面でも金儲けしようという輩がいる訳ですねぇ。それは怪しさ大爆発ですね…」


「それと、占いに来る方は、悩みがあって、心が弱っている方が多いのです。

その心の隙を狙っての、悪どい商法をする占い師もいるんですよ。

私の場合は、占いだけです。

それと、三禁以外にもう一つ、祖母から言われている事があります」


「もう一つ、ですか?」


「はい。明らかに占いたくない、と感じたら占わない事です」


「それって、感覚的な事なんでしょうかね?」


「そうですね。明らかに雰囲気の悪い方などは、お断りするように、と祖母から言われていました。

ただ、それだと角が立ちますので、私の場合は、さらっと占って速やかに帰って頂くようにして来ました」


「…わかりました。以前、花音さんが言っていた、途中で怒り出すケースとは、どんな場合なのでしょうか?」


「言われたくない事を言われて、それで怒り出す方がいるのです。

自分が望んでいる事と、逆の事を言われた場合等ですね。

女性の場合なら、まだ何とかなるのですが、男性の方が怒り出すと、もう怖くて…」


「わかりました。その際は俺が仲裁に入りますね?

占いをしている際は、俺はどうしていたら良いですか?」


「そうですね。お茶を出して戴いて、後は見守りと、パソコンで占い内容のデータ入力をお願いします。

占いのフォルダの中に様式がありますので。

内容は後で振り返っての自身の勉強に使ったり、再度来られたりした時に使います。

明日は、珍しく二人、入ってるんでしたかね?」


俺はシステム手帳を取り出して予定を確認した。

現在、花音さんの助手件秘書なので、スケジュール管理も俺の仕事の一つだ。


「明日は10時に八重樫瑠夏やえがし るか様、20代の女性の方です。

午後にも一件ありまして、14時に荻窪憲次はぎくぼ けんじ様で40代男性です」


「わかりました。ケイが側に居るだけでも心強いのと、男性が側にいるだけでも牽制になって、相手もめったには怒り出したりはしないでしょう」


「そうですか…。万が一の時の為に、花音さんが俺に助けて欲しい時のサインを決めておきませんか?」


「なるべくトラブルは無いようにしますが。

サインか…。そうですねぇ。テーブルを二回ノックしたら、で…どうでしょうか?」


「わかりました。それで行きましょう」




─────────────────────




翌日、10時少し前に八重樫さんが事務所へ見えた。


20代前半かな?少し緊張している様子だ。


「どうぞ、椅子にお掛けになって下さい。緊張しなくて大丈夫ですよ」と花音さんは促した。


八重樫さんが椅子に座ってから

「どなたからのご紹介ですか?」と花音さんは確認した。


「昨年、占って戴いた野口弓子さんのご紹介で来ました」との事だ。


「では、先に料金をお願い致します」と俺は温かい緑茶を出しながら八重樫さんへ伝えた。


以前は占いが終わった後で料金を戴いていたそうなのだが、払わないで帰った客がいたそうだ。

それ以来、前金で貰うようにしているとの事だ。払わないで帰るのは、かなり失礼な話である。


「それでは、今日はどのような事を占って欲しいですか?」と花音さんが尋ねると


「今付き合っている彼氏との、今後を占って欲しいのです」と八重樫さんは話した。


若い女性らしい内容だな…と、俺は思った。


「では、まずカードから…」と花音さんがカードの束に布を被せて軽くコンコンとノックしてから、シャッフルした。


そして、3枚を取り出して表に出した。


「この3枚は、過去、現在、未来を表しています。では、過去から行きますね。

…出会いは良かった様ですね?明るい意味のカードが出ています。

そして、現在ですが…停滞と混迷の意味のカードが出ています。

何か…、お悩みの事はありますかね?」


「…実は、結婚の話が出ていたのですが、彼が仕事を辞めてしまって…」


「そうですか。彼氏さんは、次の仕事は…探されていますか?」


「それが…彼は実家暮らしなんですが、引きこもり気味なんです。

仕事もあまり探してはいません。

彼の両親がどちらかと言うと甘くて…。

生活費等も彼の両親が工面しているのです…」


「そうですか…。では、八重樫さんの御両親はどう考えられていますか?」


「正直、結婚には反対しております。

私の収入だけでは、彼とは生活できませんので…。

まして、働いていない男との結婚は認めないと…」


「貴女自身は、彼とはどうしたいと考えていますか?」


「…正直、わからないんです。好きな気持ちはあるのですが…。

好きだった…と言った方が適切なのかも知れません…」


「手相を見させて下さいね。…ん~…」


「…どうなんでしょうか?」


「おそらく、三年以内に結婚はされるでしょう。けど、今の彼ではないと占いでは出ています」


「そんな…」


「今の彼に…、貴女は大切にされていますか?」


そう花音さんが聞くと、八重樫さんはポロポロと涙を流し始めた。


どうぞ…、と花音さんはハンカチを手渡した。


「…私が、避妊具をつけてと言っても、着けてくれなくて…。一度妊娠しましたが…」


八重樫さんは嗚咽を漏らし始めた。


「無理して話さなくていいですよ?きっと、お辛かったですねぇ。

…基本的に、貴女は明るい人だと占いでは出ています。また、良縁もあると出ています。

今の彼との事については、私は何とも申し上げる事が出来ません。

けど…貴女の中で、答えは既に持っているのではないですか?」


「…はい」


「三枚目のカードについては、守護の存在を表しています。貴女を陰から見守ってくれている存在がいるという事です。

手相では、この一~二年で良い出会いがあると出ていますね。

私に言えるのはこれくらいです。貴女の人生を決めるのは、他ならない貴女なのです」


「…そうですか。ありがとうございます」


「良い人を選ぶ時は『貴女を大切にしてくれる人かどうか』を基準にしてはいかがでしょうか?」


「…わかりました」


その後も、花音さんは少し助言をして、八重樫さんは幾分軽くなった表情で帰っていった。




──────────────────────




占いが終わって、花音さんに温かいミルクティーを出しながら俺は話した。


「…聞いてみないとわからない物ですね。

最初に見た時は、今時の明るい女性だと思ったんですよ。

それが、あんな深い悩みがあったとは…」


「そうなんです。占いに来られる方は、心に傷を負っていたり、本当に悩んで来る方も多いんですよ。

なので、悪い占い師に当たると、余計なダメージを受けたりします。

そして、言葉選びも慎重に行う必要があります」


「ちょっとした一言で傷ついたりとか、ありますもんね」


「そうです。『口は災いの元』と言う諺があるように、言葉選びを間違えると、口コミにも影響が出ますので」


「今回は、能力は使ったんですか?」


「いえ、カードと手相、人相だけです。

何となく、同じ女性として抱えている悩みがわかりましたので…」


花音さんはミルクティーを飲みながら目を閉じていた。


「花音さんの占いを直に見て感じたのですが、占いの結果を伝えるだけではかく、相談やカウンセリングの様にも感じました。勉強されたんですか?」


「ええ。やはり、精神的なサポートが必要な場合がありますので、心理学やカウンセリングについては少し学びました。

祖母は違った手法だったのですが、今は時代も変わりましたので、手法も変えて行かなければならないのです」


なるほど…。花音さんらしいと言えば、それまでだが…、陰でかなり努力して来たご様子だ。


それに、突然泣き出したりした相手への、柔らかくて落ち着いた対応からして、相当な場数を踏んでいると思われる。


花音さんは、こんな仕事もして来たんだな…。




昼食を挟んで、午後の占いとなった。




14時丁度に依頼人の萩窪さんがお見えになった。


「どうぞお上がり下さい」と俺は伝えて様子を見ると、萩窪さんは目の下に隈があり、少々疲れている様子だ。


俺はお茶をお出しして、料金を戴いた。


「どなた様からのご紹介ですか?」と花音さんが聞くと


「以前、こちらで占って戴いた奈良鏡子様からの紹介です」との事だ。


奈良理事長からの紹介か…。と言うか、理事長も花音さんに占って貰ってたんだな。

それで繋がりがあった訳か…。


「それでは、今日はどのような事を占って欲しいですか?」


「…同じ職場のお局様おつぼねさまについて…占って欲しいのです」


「…萩窪様ご本人について、ではなくでしょうか?」と花音さんは尋ねた。


「…はい、実は…そのお局様からパワハラを受けておりまして、お局様がどのような人で、今後どうなるかを占って欲しいのです」


…これって、ありなのかな?

依頼人本人でも、恋人でも、家族でもない人を占って欲しいとは…。


「わかりました。では、カードから…」と、花音さんは午前と同じ手順でカードを開きだしたが、今回は2列で3枚ずつを表にして出した。


「萩窪様に近い位置のカード3枚が、貴方様の過去、現在、未来です。その上の段がお局様のカードとなります。」


「はい…」


「まず、お局様ですね。過去については、コツコツと仕事を積み重ねて来られたご様子です。

現在については隆盛、運気が活発になっております。

未来については、現状の破壊があるようですが、これについては良い意味でも悪い意味でも取れます」


「はあ、確かに昔は真面目な方だったそうなのですが、この2年程で人柄が変わってしまい、周囲にも当たりキツくなったと周りの人間も話しております」


「萩窪様は、お局様の何が一番の苦痛ですか?」


「そうですね…席が自分の向かい側に居られるので、何かにつけて辛く当たってくるのと、粘着質なのです。給与明細が入った袋等は投げるように渡されるのです」


「…それは随分と乱暴ですね?お局様の更に上の方は何も言わないのでしょうか?」


「それが、所属長とお局様はどうやら出来ているらしく、何も言いません。

お局様が、何を目的で、今の行動をしているのかが自分は気になるのです」


「…そうですか。では、それは最後にお伝えするとして、萩窪様の過去、現在、未来を見てみましょう」


「はい、お願いします」


「過去のカードですが、下積みのカードですね。お局様と同じく、コツコツと仕事を積み重ねて来られたご様子です。

現在ですが、自縄自縛の意味のカードが出ております。周囲の状況も影響していますが、ご自身の考えで、ご自身を縛ってしまっている様子が伺えます。

端的に言うと考え方に固執していると言うことです。

未来のカードですが、新天地の意味が出ていますね。

手相を拝見させて下さい。…ん~…」


「どうなのでしょうか…?」


「…萩窪様は、独立される事を考えておられますか?」


「え!?なぜそれを…」


「独立運がありますね、そして財運もあります。そちらの方向に進んで良さそうですよ?」


「実は…水面下で事業を立ち上げる動きを取っておりました…。驚いたなぁ。やはり、こちらは当たる占いなのですね?」


「未来は確定していませんので、今の時点での占いの結果ですよ。さて、お局様の件ですね…」


「はい…何を目的でパワハラをしているのでしょうか?」


「お局様は、どうやらお金と色恋の欲が強い方の様ですね。権力欲も強くあります。周りを威圧して、ご自身の欲求を満たしたいと言う理由のようです」


「なるほど…」


「萩窪様は、なぜ…そこまでお局様に執着されているのですか?」


「…それは…、お話できません」


「わかりました。それでは占いは以上となります。よろしいですか?」


「はい、ありがとうございました」


萩窪さんは、幾分スッキリした表情で帰って行った。




──────────────────────





「ケイ、記録の方はいかがですか?」


「ええ、何とか取れております。後で花音さんに確認して頂きたいです」


「わかりました。慣れないから、緊張したでしょう?」


「そうですね。というか、まさか本人や、恋人や、家族ではなく…、お局様を占って欲しいとは…思いもよらず、ですね。ちょっと驚きましたよ」


「中には、そういった方もいらっしゃるのです。萩窪さんは半分位納得と言った所でしょうねぇ」


「今回は能力は使ったんですか?」


「ええ、使いました」


「ここに居ない方の事も視れるんですか?」


「はい。萩窪さんから出ているエーテル・コードを辿らせて戴きました」


「エーテル…コード?」


「人から出ている、エネルギーの糸だと思っていただけたら解りやすいです。まあ、目には見えない糸です。対象者と関わりの有る方なら、辿ることが出来ます」


「へぇ…そんな事も出来るんですね?」


「祖母から教わったんです。それにしても、最後に…はぐらかされてしまいました」


「そうですね…。お局様に執着する理由は何なのでしょうね?」


「まあ…ケイは今はもう助手なのでお伝えしますね。どうやら恋人同士だったようです」


「…恋人だった方からパワハラを受けているんですか!?」


「そのようです」


「なんとも…理解し難いです」


「ケイは、これからもっと複雑な人間模様を見る事になりますよ。占いに来る人はそれだけ多種多様なのです」


「そうなんですねぇ…。あ、出来ました。確認お願いします。必要な部分は後程、訂正もしますね」


「どれどれ~、あらあら!ケイは記録が上手ですねぇ…!かなり細かく…」


「前の仕事でも記録する事がありましたので」


「なるほど…。これは良い助手を得ました」


「それは良かったです。っと…時間ですね。

そろそろ居酒屋の仕事に行く準備をします」


「晩御飯は作っておきますからね」


「はい。花音さんは起きてないで、寝てて下さいよ?」


「それにも大分慣れて来ました。本当はお出迎えしたいんですけどね…」


俺は帰りが遅い分、朝起きる時間を遅くさせて貰っている。


最初は慣れなかったけど、今の仕事とライフ・スタイルを続けるならば、お互いの就寝時間と起床時間のズレは仕方がないのだ。


まあ、そんな中でも花音さんと仲良く生活出来るのは嬉しい限りである。

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