第23話

さて、身支度も整ったし、会計を済ませて旅館を後にしようとしたら、仲居さんから呼び止められた。


「お客様は、もしかしてパーク・ヒルのネモフィラを見に行かれますか?」


「はい、その予定ですが」


「良かったらどうぞ」と手渡されたのはチケットだった。

割引券か?と思ったが、普通の入場チケットだった。


「いいんですか?」


「ええ。姪が勤めておりまして、以前貰ったのですが、もうすぐ有効期限が切れてしまいますので、どうぞお使い下さい」


「…では、ありがたく頂きます」





ジムニーに乗って出発した。


「良かったですね、ケイ。まさか、入場チケットを貰えるなんて」


「そうですね、大人だと一人二千円だったはずです。これは、ありがたいです」


雲は、まばらにあるが天気も良い。花を鑑賞するには良い日和になりそうだ。



現地へ着いて、入場ゲートで先程貰ったチケットを使った。


「花音さん、少し…いや、結構歩きますけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。そのためにスニーカーで来てますからね」


俺たちは公園内を連れ添って歩いた。


標識に従って、園内をしばらく歩いて…


目的の丘が見えた時、感動した…!


丘一面に、ネモフィラの青い花が咲いている。


「凄いですね!ケイ?」


「ええ!夢にまで見た光景…です。やはり、生で見るのは違う…!」


平日の割には人がいるけど、混んでいるという程ではない。

俺達はゆっくりと丘を登り始めた。


丘の途中で俺はデジカメを取り出した。


「花音さん、写真を撮りましょう」


「そうですね!せっかく来たんだから。あ、すみません~、シャッター押して貰えますか?」


躊躇なく通りかかった人に花音さんはカメラをお願いした。


「おやおや、新婚さんかな?」

カメラを手渡されたパナマ帽を被った初老の紳士から聞かれて


「まだ恋人同士ですが、結婚する予定です」と俺は答えた。


花音さんは一瞬びっくりしたが、直ぐに満面の笑みとなった。


「ハイ、じゃあニッコリして、ハイ、チーズ。もう一枚撮りますよ」


撮って貰った写真を確認して、俺達は初老の紳士にお礼を言った。


「良い旅を」


そう言って、パナマ帽を被り直した初老の紳士は去って行った。


「丘一面っていうのが凄いですね。ケイが来たがる訳です」


「テレビで見た時も感動しましたけど、直に見ると本当に綺麗ですね。優しい青だ」


「ネモフィラの花言葉、知ってますか?」と花音さんに聞かれて


「いえ、そこまでは調べませんでした」


「いくつかあるんですが、「可憐」、「すこやかな心」、「どこでも成功」、だそうですよ。ケイもきっと、新しい仕事でも成功できますよ」


「そうですね…。そうあるように頑張ります」



その後、園内にあるフード・コートに来た。時間的には正午を回っているのだが…。


「花音さん、お腹空いてますか?」


「実は、あまり…。朝御飯が美味しくて、食べ過ぎたみたいで」


「俺もなんですよね。そこで提案です、あれを食べましょうか?」


「え?青いソフトクリーム!?」


「ネモフィラに因んで、なんだそうです」


「食べる食べる!」


「じゃあ二つ買って来ますね。ベンチに座って休んでて下さい」


俺は列に並んで説明書きを見ると、ラムネ味なんだ…。青というか、水色に近い色なんだな。


俺はネモフィラ・ソフトクリームを二つ買って、ベンチへ戻った。


「わあ、ホントに青いソフトクリームなんですねぇ」と花音さんは喜んでいた。


「どうぞ」と手渡して、俺も一口食べる。


「これ…ラムネの味なんですね!」


「そうなんですよね、俺も説明書きを見たら、そう書いてました。ソフトクリームでもシャリシャリ感がありますね」


「美味しい~。夏の暑い時期にいいかも」


「そうですね。一ノ瀬市には同じ物は無いですけど、モカソフトが美味しい所がありますので、夏にはそこに連れて行きましょうか?」


「お願いしようかな。私、コーヒー好きだからモカ・ソフトも好きなんです。ところで…」


「はい?」


「ここからは、どうされるつもりだったんですか?」


「正直言うと、考えてなかったんです。

園内をぐるっと回って、その後はどこかでラーメンでも食べて、素泊まりの宿に泊まるか、そのまま帰るか…くらいしか考えてませんでした」


「なるほど…。良い案があります」


「どのような?」


「…モーテルです」


「えっ?」

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