第22話

「風呂上がりの~、この一杯のために生きてるな~!」と、花音さんは冷蔵庫から取り出したビールを飲んでいた。


俺はコーラにした。

お酒飲めるって、ちょっと羨ましいかも…。


「一口飲みません?」


「…じゃあ、ちょっとだけ」


一口位なら大丈夫だろ?


「もはや間接キスも気にしなくなりましたね?」と俺が言うと


「最初から気にしてなかったじゃないですか~。それに、今はそれ以上の事してますもの…。あんなところまで…、ケイは…」と、花音さんは真っ赤になってしまった。


「あんなとこって、どこですか?」


「アナ…言わせないでっ!?」ペチン、と肩を叩かれた。


「明日は何時出発ですか?」


「俺の予定では9時頃です。ここからだと一時間位で目的地に着きますよ。ただ、この時期は結構混む様なんですよね」


「平日でも、ですか?」


「そうらしいです。俺も初めて行くので、聞いた話ですけどね」


「お布団を敷きに参りました」仲居さんが来た。無論、二組敷いてくれたが、ピッタリとくっ付けて敷いてくれている…。


「ごゆるりと」と去ろうとする仲居さんを引き留めて、俺は心付けを渡した。


「ケイ、今何を渡したんですか?」


「心付けです。海外のホテルで言うチップですね」


「なんか、手慣れてますねぇ?あっちの方もとてもお上手ですし…私が初めてってウソなんじゃ…」


「本当ですよ。旅館は剣道の試合や合宿とか、家族での旅行で泊まった事がありますので、親から教わったんです。それで知ってたんですよ」


「ケイは剣道をやってたんですね。あら?今行ってる道場は違うんじゃ…?」


「今は合気道を学んでいます。そうだ、お願いがあるんですけど」


「なぁに?」


「道場は続けさせて欲しいんです」


「それは勿論、ケイの自由ですよ」


「ありがとうございます。それにしても…」


「ん?」


「俺って、そんなに上手いんですかね?」


「上手…だし、丁寧だし、優しい…。

他の女性としちゃダメですよ?間違いなく持ってかれちゃう…」


「まあ、そんな機会はありませんよ。花音さんに、そこまで満足して貰えてるなら良かったです」


「だって、あんな…ことまでされると…蕩けちゃいます」


「あんなことって?」


「舐め…だから言わせないでっ!」またペチンと叩かれた…。

そんなに恥ずかしがることないのに。


「さ、そろそろ横になりましょう?」

花音さんは欠伸をしながら言った。


結構疲れている様子だ、長旅だったしなぁ…。


「そうですね。明日もありますからね。

花音さん?お疲れでしょうから、今日はナシにして、このまま寝ましょうか?」


「ダメ!いや!するの~」

…お酒も飲んでるけど、大丈夫かな?




──────────────────────




夜中にパチっと目が覚めてしまった。


花音さんは穏やかな寝息を立てて眠っている。


俺は音を立てない様に起きて、再び露天風呂に入った。


夜風は少し冷たいけど、温泉は心地好い。


月が出ている、満月に近いな。



…ようやく、辞める事が出来たな…あの職場…。


姫倉さんや、係長、安野さん、鉄川さん、大野君…あの人達との別れは辛いが、俺は、あの環境から解放されたかった。


正直、これからの生活に不安はある、が…きっとこれで…良かったんだ。




──────────────────────




翌朝、目を覚ますと花音さんに後ろから抱きつかれていた。


「おはようございます、ケイ」


「おはようございます。花音さん、ぐっすり眠れました?」


「ええ。ケイは夜中に起きて露天風呂に入ってましたね~?」


「起こしちゃいましたか?すみません」


「いいんですよ。多分、一人で考えたい事もあるんだろうな…って思ってました」


「まあ、そんなところです。さ、朝飯食べに行きましょうか?」




俺たちは浴衣の上に羽織姿で朝食の会場へ向かった。


バイキング形式の食事だが、旅館だから和食中心だ。


「いろいろありますね~。迷っちゃう」


「さすがに全種類は無理ですね。俺、コーヒー取ってきますんで、花音さんは先に食べ物を選んでて下さい」


俺はディスペンサーの前に並んで二人分のコーヒーを入れた。


ふと、横を見ると牛乳のピッチャーがあった。

…牛乳。しばらく飲んだ事ないな…。

俺は牛乳もコップに入れた。


花音さんが席を取ってくれていた。

花音さんは焼鮭、生卵、味噌汁、漬物、煮物の和定食風のチョイスだった。


「俺、自分の食べ物取ってきますんで、先に食べてて下さい」


「いえ、コーヒーを頂きながら待ってます」


俺は手早く花音さんと同じ様な和定食風にチョイスして席に戻った。


「ケイ、この牛乳!凄い美味しいんです!」


あれ?コーヒーじゃなくて、牛乳の方を飲んでたんだ。俺も一口飲んだが、美味い…。


「なんでしょうね、濃い…というか自然な甘さがある。後からもう一杯貰って来ますね。食べましょうか?」


二人で合掌してご飯を頂いた。


「なんだか、ケイと居ると不思議な感じなんですよね~」


「不思議…と言いますと?」


「なんだか、ずっと前から一緒に居るような感覚なんです。不思議です」


「あー、実は俺もそう思います。もう、花音さん抜きの生活は考えられないと言うか…」


「ケイは、本気で私の事好きなんですねぇ?」


「まだ理解してくれてなかったのが辛いっす」


「理解はしています…けど、女はこうして聞きたくなるものなんですよ~」


「そうなんですか?あ、鮭美味いですね」


「脂が乗ってますよね。味噌汁も出汁が出てて美味しい」




食後にもう一杯ずつ牛乳を頂いた。


「やっぱり美味しい!…コーヒーに半分入れてカフェ・オレにしちゃおう」


「ガム・シロップ貰って来ますね」


「大丈夫ですよケイ。牛乳自体の甘さを味わいたいから」


「そうですか?甘いの好きですよね?」


「うん。けど、これはこのままで美味しい」


そんな感じで朝食は終わった。




部屋に戻って、花音さんがお化粧をしてる間に俺は軽くストレッチ等をしていた。


「ケイは、普段から身体を鍛えてるんですか?」


「そうですね。それが趣味というか…。まあ、今のは、ほぐしてるだけです」


「だから、咄嗟に動けるのね~」


「そうかも知れませんね。そこまで考えてなかったですけど」


「道場は楽しいんですか?」


「結構キツいんですけど、楽しいです。

先輩で女子高生の方がいましてね。教えてくれるのが、とても上手なんですよ」


「女子…高…生!?」


「え?」


「仲良かったり…とか…、するの?」


「いや、普通かな…?」


「ケイの普通は、普通じゃない場合がありますからね…。義妹さんの件とか…。

これは一度、道場の方にも顔を出した方が…」


「ちょっと待って下さいよ!?

俺、貴方と致すまで童貞だったのに…、そんなに信用ないんすか?」


「それもそうねぇ…。なんでだろう?独占欲かなぁ?」


「まあ、焼きもち焼いてくれるだけ、俺の事好きって事ですかね?」


「当たり前です!」


キレ気味に言いきられた…。

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