第20話

その後、宿に到着した。


老舗の旅館で、料理と温泉が売りとの事だ。

なので、建物自体は古い。


「いらっしゃいませ。あらあ、新婚さん?」


「いえ…カップルです」


「あれまぁ、とってもお似合いなんで、てっきり」そんなやり取りを女将さんとしながら、部屋に案内してもらった。


通された部屋は、思ったよりも広かった。


そして、客室露天風呂がある。


「凄いですね。庭に風呂があるなんて」

思わず俺は言っていた。


「この部屋にして良かったですね。部屋食にして貰いましたし、ゆっくりしましょう?」


「そうですね。夢に見たリトリートです!」


「リトリート?ってなんですか?」


「なにもしないで心身を休める、という意味だそうです。

家だと、食事の準備や片付け、掃除や洗濯とかありますよね?

それをしない『なにもしない贅沢を味わう』事だそうです」


「なるほど、ケイは、これを味わいたかったんですね?」


「そうなんです~」と言いながら、俺は畳に大の字に寝転がった。


これこれ!この感じを味わいたかったんだ…ずっと…。


「お茶を淹れておきますね~」


「花音さんも、寝っ転がってみて下さい。気持ちいいですよ?」


「じゃあ、そうします。お隣に失礼~」


花音さんも俺の隣に寝転がった。


「あ~、これはいいですね~。畳の上で大の字なんて…非日常的で」


「そうでしょう?リトリートのもう一つの目的が『非日常に身を置く』、なんだそうです。

上げ膳据え膳、入りたい時に風呂に入れる…もはや最高です」


「ケイ?」


「はい?」


「…連れてきてくれて…、ありがとうございます」


「一緒に来たかったから、それは俺も同じ気持ちですよ」


「けど、一人で来る予定だったのでしょう?」


「…そうですね。今まで大変だったんで、自分へのご褒美で」


「邪魔をして…、しまいました。貴方と離れたくなくて…」


「自分だけ、そう思ってると思いますか?」


「そうではないのですが…。あの、後で…露天風呂に一緒に入りたいのですがいいですか?」


「勿論、いいですよ。秘密兵器も持って来てますからね」


「なんですか?それ?」


「今はまだ秘密です」





その後、夕食となったが、かなり豪華だった。


「岩魚の塩焼き、めっちゃ美味いですねぇ。

そうだ、花音さんお酒頼みましょう。俺は飲めませんけど」


「この後、お風呂もあるから少しだけ頂きます」


俺は仲居さんに日本酒の銘柄を聞いてみた。


「森嶋と、結ゆい、がございます」


「花音さん、どちらがいいですか?」


「では、縁起を担いで結ゆいでお願いします。

ぬる燗で」


…この人、俺の事…割りと本気なんだろうか?

俺はもう…本気ではあるが、俺が花音さんに相応しいかは、正直言って自信がない…。


「どうしました?ケイ?」


「いえ、ちょっと考え事でした。すみません」


「もう!リトリートですよぉ?日常は忘れましょう?」


「そうですねぇ…」


そうも行かないんだよなあ…。





その後も料理は続いたが、後半戦ではお腹が既にキツくなってきた。


「う~ん、特選和牛のすき焼き…食べたいけど、もう…お腹が…」


「花音さん、無理しなくていいですよ。デザートの梨のシャーベットだけ、少し食べてみたらどうです?」


「そうですねぇ。お風呂がありますし、そこで大事なお話しも…」


大事な話…?なんだろう…。





食休みを挟んで、風呂に入る事になった。


「俺、先に入ってますね」


「どうぞ、私はお化粧を落としてから入りますね」


一緒にお風呂に入るのは初めてだ。ドキドキする。


秘密兵器とタオル等を持って、露天風呂に入った。


岩風呂だ、凄いな。


「失礼しま~す」と花音さんがバスタオルを巻いて外へ出てきた。


そりゃそうだよな…とちょっと残念だと思っていたらシュルっと花音さんはバスタオルを外した…。


……!…綺麗な人だと…元々思ってたけど…これは…。


チャポン…と花音さんが湯船に入って隣に来た。


「どうしました?ケイ」


「…いや~、あまりに綺麗で…言葉が…」


「…え~、私なんて普通ですよぉ?」


「天女様…みたいです…」


「まあ?ケイに褒められるのは悪い気はしませんねぇ~。今日は本格的に落としにかかるつもりですし…」


「ん?本格的に落とす…?」


「そうですねぇ。まあ、もう少しお風呂を堪能したらお教えします」


「俺、もう充分落ちてますけどね…?貴女に」


「う~ん、私の方の事情がありまして。ハッキリさせておきたい事が…。

まあ、それは後からですね。

それより、聞きたかったんですけど、ケイはなぜ、ネモフィラの花を見たいと思ったんですか?」


「昨年、偶然テレビで、明日行く丘の…ネモフィラの風景を見たんです。

それ以来、あの風景に心奪われました。

…正直、昨年のままのペースで仕事をしていたら、2~3年内で俺は死んでしまうな…って思ってたんです。

施設長は医師なんですけど『このまま勤めていたら、お前死ぬぞ!辞めろ!』とも言われていました…。

彼女も出来なかったけど、せめてあの風景を生で見て体感したいなって…。

それが出来たらもう…死んでもいいなって思ってました」


「ちょっとケイ!?まさか死ぬつもりじゃ!?」


「ああ、今はそのつもりは全然ありません。

花音さんがいますからね。

けど…、それだけ辛かったんです…」


「そう…ですか…。もう一度、奈良理事長に…」


「…もう…いいんですよ。無事に辞めれましたからね。

…ここから先、取り戻せるかわからないんですけど、本当に自分が使いたい事に…時間と気持ちを使って行きたいなって思ってます」


「そう…ですか…」


「…さあ、そろそろいいかな。花音さん?身体を洗ってから、秘密兵器を使いますね?」


「なんですか?その秘密兵器って」


「まずは、お身体を洗わせて下さい」


「ええっ!?」

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