第18話

翌朝、小鳥の囀ずりで目を覚ました。


俺は花音さんに頭を抱きしめられながら眠っていたようだ。

まあ、気持ちいいから…もう少しこのままでいよう。


今日から、少しの間だが連休だ。

以前から決めていた予定があるけど、花音さんに言うのをすっかり忘れてたな…。




7時頃になり、花音さんも目を覚ました。


「おはようございます…ケイ?いつから目を覚ましてました?」


「6時頃ですかね」


「ずっとこのままで?」


「気持ちよかったんで」


「…好きにして、いいんですよ?」


「ええ、けど…それは夜に」



起きて朝食の支度を始めた。


俺はコーヒーを淹れて、花音さんは調理を始める。


スクランブル・エッグとカリカリベーコン、ブロッコリーのサラダ、トースト。


…彼女がいるって凄い朝食だ。


「ケイ…?顔は痛みますか?」


「まあ、痛いけど大丈夫ですよ。俺、昔から喧嘩に巻き込まれることが多かったんで、慣れっこです」


「まあ…、ケイって不良…だったんですか?」


「そんな感じに見えますか?」


「見えませんけど、喧嘩って…」


「不良ではありませんでした。

普通というか、あまり目立たない学生だったと思います。

けど、なぜか喧嘩に巻き込まれたり、絡まれたりしましてね…。

花音さんは、どんな学生だったんですか?」


「私も普通でしたよ。中高、短大と女子校で、園芸部だったんです」


「それで、花の栽培を?」


「そうなんです。亡くなった両親も草花が好きだったので…。

ところで、ケイは少し連休になりますよね?

何か予定はあるんですか?」


「ええ。実はちょっと旅に出ようと予定していました」


「旅…?旅行、ですか?」


「そうなんです。以前から、どうしても行きたかった所があって…」


「どちらに?」


「ネモフィラって、ご存知ですか?」


「ええ、綺麗な青い花ですよね」


「ここから片道半日ほどかかるんですけど、丘一面にネモフィラの花が咲いている所があるんです。そこに行く予定でした」


「…一人で?」


「花音さんはお仕事があるでしょうし、今話したばかりですから…」


「私も、行きたいです!」


「えっ?」


「ご迷惑ですか?」


「全然そんな事は、ないんですけど…お仕事は?」


「なんとでも、します。何時出発ですか?」


「…え~と、午前中はゆっくりして、お昼頃に出発で、今日は温泉宿に泊まって、明日にはネモフィラを見に行く予定でしたが…」


「行きます!」




花音さんは、午前中の内に仕事を片付けるとの事であちこちに電話をかけ始めた。


俺はというと、花音さんに

「近日中に引っ越すんですから、お部屋の掃除と、荷物を少しでもまとめて下さいな?」

と言われて自分のアパートへ戻った。


花音さんは、普段は、ほんわかした雰囲気の人なのだが、決断と行動がとても早い。

人を動かすのも上手そうだ。


…俺よりレベル高い人と付き合う事になっちゃったな…。


俺は部屋の掃除と、詰められる荷物はダンボールに詰めた。

後、数時間もあれば引っ越す段取りは出来そうだ。男の一人暮らしなんて荷物は少ないもんだ。


その後、車内で飲む飲料などを買って花音さんのアパートへ戻った。


…戻った、という感覚にもはや馴染み始めている。

今フラれたりしたら、たぶん俺は立ち直れそうもない…。


花音さんの部屋のインターホンを押そうとすると

「ケイ、こっちです」と隣の隣の部屋から花音さんが顔を出した。


…他の入居されてる方の部屋?


俺がそちらに赴くと

「実は、この部屋が私の事務所なんです~」と花音さんは言った。


「そうなんですねぇ。あれ?部屋の構造が違う…」


「そうなんです。ここから奥と、向こうの棟はメゾネットなんですよ。だから、家族で住んでる人もいますよ」


「向こうの棟って…あっちのアパートも…花音さんのアパートなんですか?」


「そうなんですよ~」


別なアパートだと思ってた…。


この人、どのくらいの規模を不動産を持ってるんだろう…?


「この部屋は、一階が応接間で、二階が事務所なんです。だから、ケイのデスクは二階に準備しますね」


「…準備って、買うんですか?簡易式のテーブルと椅子なら俺のアパートにもありますが?」


「ダメダメ!キチンとしたビジネスデスクと椅子じゃないと能率が下がるし、腰が痛くなりますよ?」


「…わかりました」



花音さんのお化粧や持ち物の準備で30分程、俺はお茶を飲んで休憩した。


なんかもう…ずっとこの部屋に居たい。

花音さんの良い匂いがするし…。


「よしっ!準備出来ました~」


「じゃあ、行きましょうか?俺の車でいいですかね?

あ…すっかり忘れてた。宿の部屋を二人にして貰わないと…」


「どこの宿か教えて下されば、私の方で連絡しますよ?ケイの車に初めて乗りますね~。…って、ジムニー!?」


「すみません、軽四で。狭いですかね?」


「これは…」


「どうしました?」


「運転させて下さい!」


「えっ?」

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