第15話

「ただいま帰りました…」


花音さんの部屋に帰ったのは24時近かった。


「お帰りなさい。先にお風呂入ります?」


「シャワーだけ貸して下さい。疲れました…」


「まあ、大変でらしたの?」


「そうですね…。シャワーの後で、お話しますね」



シャワーを浴びながら考えていた。花音さんに、聞かなければならない事がある…。



「シャワーありがとうございました」


「お茶漬けを準備したんですけど、食べられますか?」


「はい、ありがたいです」


「…聞きたい事がある、って顔してますね?」


「やはり、お見通しか…。花音さん、俺を視ましたね?能力を使って」



焼き鮭を乗せたお茶漬けを頂きながら、花音さんの話を聞いた。


最初の日に、バーで能力を使って俺の事を視たとの事だ。


俺は箸を置いて話した。


「それで、俺って、花音さんに害はないんですかね?あるのなら俺は、貴女との関わりを…やめます」


「あのですねぇ…、害があったら家に上げてませんよ?それと、私の力なんですけど、全てが視える訳ではないのです。

祖母は映像のように視える方だったのですが、私はまだ修行が足りないので…、断片的なのです」


「そうですか…。それで、今朝の話…他の女性からのアプローチの事を話していましたよね?」


「…そうです。すみません」


「謝ることはありません。結果として、それはあったんです」


「やはり…。どう…返答されたんですか?」


「普通に断りましたよ。俺、彼女います、

って…。ただ、土曜の夜のお店で知り合った女に騙されてるんじゃないの?って言われて…。

そこだけ切り抜かれると、なんだか弱いんですよねぇ」


「…確かに。そこだけ切り抜かれると、一夜限りの関係にも聞こえちゃいますねぇ?

…けど、断られたんですね?…良かった」


そう言って花音さんはゆっくり抱き着いてきた。


「結果は…わかっていたんじゃないんですか?」


「…未来は、全て決まっている訳ではないのです。視えた事が変わることも、ままあります。

…私より、そのお相手の方が、ケイの事を良く知ってますよね?」


「まあ、そうなんですけど。それだけでは…」


「嫌いな方だったんですか?」


「いえ…むしろ好感の持てる方でした。

俺の事を気にかけてくれてましたし…。

けど、俺には花音さんがいますので」


「ふぅん…」と、花音さんはそっぽを向いてしまった。


「花音さん…もしかして怒ってますか?」


「…ちょっと、ヤキモチが焼けてるだけですよ~だ…」


「花音さんも、そんな所があるんですねぇ?」


「そりゃあ、ありますよ~。人間ですもの。

関わった時間じゃ、私はその人に勝てないですからねぇ。

ちょっと悔しいな…。

それにしても、いーなー?

私もケイと飲みに行きたいな~?」


「俺は、お酒飲めないので、ハンドルキーパーをやりますよ?」


「あ、そうでしたねぇ。じゃあ、今度行ってみたいお店があるんです」


「どこのお店ですか?」


「本町の『酒呑童子』って居酒屋です。いろいろな日本酒があるそうなんですよ~。黒龍とか、田酒とか、船中八策とか」


「あ…そこ、俺が面接受ける所です」





その後、ベッドに入ると俺は直ぐに眠ってしまった。

理事長との面談や、姫倉さんとの話で緊張したのと、思った以上に疲れていたのだろう…。





翌朝、コーヒーの良い薫りで目を覚ました。


「おはようございます、ケイ」


「おはようございます。すみません、昨日は直ぐに寝ちゃって…」


「余程、疲れてたんですねぇ?さ、朝ご飯食べて?」


「はい。今日から…と言うか、もう今日しかないんですけど、8時30分までの出社になったので、時間には少し余裕があります」


「そうなんだ?良かったですねぇ」


俺はテーブルに着きながら話した。


「昨日、理事長と面談があったんです。急に本部へ呼び出されて」


「そうだったんですか?どのようなお話でらしたの?」


「今までの事を謝られました。

まあ、後の祭りなんですけどね。

今の仕事に残らないか?とも言われました」


「…残るんですか?」


「いえ、お断りしました。待遇も変えてくれるとの事でしたが、なんだか信用出来ない組織なんです。もはや、未練はありません」


「そうでしたか…。さ、温かいうちにどうぞ?」


いただきます、と俺はだし巻き玉子から手を付け始めた。

後は白菜の浅漬けと、納豆、ジャガイモとワカメの味噌汁だった。有難い。


「ケイは納豆は大丈夫なんですねぇ?」


「ええ、割りと好きですよ」


「亡くなった父が関西出身で、納豆が嫌いだったんです。私も子供の頃は苦手だったんですけど、母に矯正されて、今は好きなんですよ」


「花音さんも、御両親が亡くなられてるんですね?近くに御身内の方は?」


「近くではありませんが、弟が埼玉の方で働いています」


「そうなんですね。家と逆の姉弟ですね?」


「そうですねぇ。…あの~…昨日の…ケイに告白してくれた人は、どんな人なんですかねぇ?」


「俺より後に入社された看護師で、姫倉さんって人です。同い年なんですよ」


「…!同い…年!」


「え…?衝撃受ける所ですか?そこ?」


「だって、私はケイより三つも年上なんですよ!その人の方が全然有利じゃないですかぁ~?」


「…そうなのかな?」


「それで、ケイとはどんな関係だったんですか?」


「俺、相談員なんで、いろいろな職員と接するんですけど、その一人です。

ただ、俺が一人で残業してる時に、たまに差し入れ持って来てくれてたんですよね。

元々、彼氏の居る人だったんですけど、彼氏の事を聞くと凄く怖い顔をしていました。

なんでなのかな…?」


「…たぶん、ケイの事を好きだから、彼氏の話はしたくなかったのでしょうね?」


「不思議な話なんですけど、彼氏さんと別れる前から、俺の事をずっと好きだったと言われました。

俺には…理解不能です。

看護師は、相談員よりずっと給料も良いし、彼氏もいて、俺とは別世界に住む人だと思っていましたので…」


「その人の立場じゃないとわからない事もありますからねぇ…。他にはどんなことを言われたんですか?」


「わたしでも、貴方をしあわせに出来るよって…。私は千崎さんみたいなことはしないと言ってました。

それと…今の彼女とダメになったら連絡してくれとも言われました。

まあ、その時、姫倉さんがフリーとは限らないとも言われましたけどね」


花音さんは俺の手をガッ!と掴んだ!


「あのっ!?まさか!私と別れて、その姫倉さんと付き合うのでは!?」


「…ありません。姫倉さんも素敵な方ですが、その前に花音さんに出会ってしまいましたからね」


「…変な事言ってますよ、ケイ?出会ってるのは姫倉さんが先でしょう?」


「…そうか。言い方を訂正します。

恋人としての出会い方ですよ。

あんまり…言いたくなかったんですけど、貴女を初めて見た時に、半分位は一目惚れだったんです…俺」


「嘘でしょ!?そんな事!言ってくれてなかったじゃないですか~?」


「だって…恥ずかしくて…」


「いつ…?ですか?」


「隣の部屋に泊めて貰って、朝にドアを開けた瞬間…です」


「…そんな、一瞬で?」


「一目惚れなんて、そんなもんですよ。

天女様みたいな人だなって…思いました」


「…聞いてて恥ずかしいっ!」


「事実ですからねぇ」


「やられたぁ…」


「何がですか?」


「殺し文句ですよ?それ…」


「殺してないけど、殺し文句なんですねぇ?」




さて、そろそろ出ないと。最後の出社だ。


今日は平穏な一日でありますように。



花音さんとハグをして出発した。

ハグがまだ慣れないな…かなり照れる。




職場に着いてタイムカードを押したが、

8時15分…。他の日は7時台だ。

なんか変な感じだ。


引き継ぐ事は引き継いだし、後は大野君から、わからない所を聞いて…。


「柏野さん~!」と事務所に鉄川さんが飛び込んで来た。


「どうしました?」


「どうしました、じゃなくて!彼女が出来たんですかぁ?姫倉さんが落ち込んでるのよぉ~」


「まあ、はい…出来ました」


「まさか…千崎さんみたいな人じゃ…、ないでしょうねぇ?」


「全く違うタイプの人ですよ。ご安心下さ…」


「おはようございます~」と、玄関の受付窓口から顔を出したのは…千崎さんだった!嘘だろ!?


俺は脱兎の如く事務所から姿を消した。





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