第14話

俺が公用車で職場へ戻ると、18時近かった。


事務所は既に空…。


俺はタイムカードを押して、送別会の居酒屋へ向かった。



蓬坂近くの居酒屋『浜風』へ着いた。

いかにも大衆居酒屋っぽい。


中へ入ろうとしたら、スマホの着信が鳴った。

見たこと無い番号だが…誰からだろう?


『柏野さんの携帯かな?』


明るい男性の声だった。


「はい、柏野ですが…」


『見山です。佐島栄光先生からの紹介の方でいいんだよね?』


「はい、そうです」


『明日の夕方に面接出来るかな?本町の居酒屋『酒呑童子』って所に来て貰えたらいいんだけど』


「はい。大丈夫です。宜しくお願い致します」


『緊張しなくていいよ。住所はショートメールで送るからね。履歴書だけ持ってきてね』


「わかりました」


よし、いよいよ次の仕事の面接だな。





浜風に入ると、姫倉さんが通路側の席に座っていた。


「柏野さん、こっち~!」


はいはい。


イーストの美女トリオ…と言って差し支えない顔ぶれだ。ちょいと緊張する。


「何~?緊張してんのかい?」と一つ年上の安野茜さんが、からかって来た。


「そりゃあ、美女に囲まれたら緊張もしますよ」


「お世辞がうまいっすねっ!けど…、皆、既婚者か彼氏持ちだから残念ですよね~」と鉄川さん。


そうなんだよな…。そう考えると、何も緊張する必要はないのか。

いや、違う…俺の場合は女性恐怖症が、まだ残っているのだ…。


「何飲む~?」


「俺は烏龍茶で」


「やっぱり?こんな席でも飲めないんだ?」と姫倉さんは残念そうだ。


「飲むと俺、記憶がなくなっちゃいますからね」


「じゃあ仕方ないね。生三つと烏龍茶。後なに頼む?」


「串焼き盛り合わせと、シーザーサラダと、だし巻き玉子と、ポテトと、唐揚げと、刺身盛り合わせと、イカの姿焼きと…」


「あんた太るわよ!?麻百合!」


「だって~、こんな席じゃん?柏野さんに話聞いて貰えるのも最後だよ?」


「いや、食欲とカンケー無いじゃん?」と安野さんと鉄川さんが軽快なノリツッコミを繰り広げている…が、姫倉さんは、なんだか神妙な面持ちだ…。

何か、仕事の悩みでもあるのだろうか?



「でねぇ、師長の差別が酷いのよぉ~」


「…そういえばさ、曽根崎君が真梨リンとやったんだって…」


「…やったって、まさか!?」


「なんかぁ、真梨リンの家に曽根崎君が遊びに行ってたら、真梨リンが寝ちゃって、曽根崎君がムラムラして寝込みを襲ったみたいよ…。

真梨リンが話してたけど『ウチ襲われた~』って割には、凄い嬉しそうだったから、満更でもないんじゃないの?皆に言いふらしてるし~」


「曽根崎君…自分の倍はある横幅のある女を襲ったのね?…潰されなかったのかしら…?

というか、曽根崎君は細身でワイルド系だけど、真梨リンみたいなのが好みだったのかしら…?

細身の元ヤンキーの進藤さんとも、同じような噂があるのよねぇ。まあ、進藤さんは潮干狩りに誘われて、浜辺でやっちゃったって噂なんだけど」


…うむ。俺の送別会というか、単なる飲み会になってるなぁ。まあ、寂しい飲み会より、よっぽどいいんだけどね…。

それにしても、曽根崎君は元気だなぁ。



「あれ?柏野じゃん?」と、通路を挟んで反対側の席に座った三人組は…高校の時の剣道部の先輩達だ。


「いや?なに?ハーレムじゃん?合コンしよ?」と麦本先輩が乗っかってきた。


「すみません。今日は職場の…俺の送別会なんすよ。それと、皆さん彼氏持ちと既婚者なんで、合コンは無理です」と俺は告げた。


「いや~、いいじゃん!?今だけ今だけ」と虻川先輩が絡んで来たが、無視…。

今だけの意味が、わからんわ…。


「ところでさ、噂聞いた?岩佐元課長の…」と安野さんが話し始めた。


「噂、ですか?」と俺が聞くと


「そうなの。うちの通所の利用者さんの家族から聞いたんだけど、日曜日にラルハ・モールで酔っぱらって、カップルに絡んだらしいのよねぇ。

それで、彼氏に返り討ちにあって、救急車で運ばれたんだって!」


ブッ、と俺は烏龍茶を吹き出しそうになった…。


「大丈夫!?柏野さん?」と姫倉さんがハンカチを手渡してくれた…。


「…いや、びっくりですねぇ?その後は、どうなったんでしょうねぇ?」


「鼻血が止まらなくて、今も通院してるみたいよ?いい気味だわね~。アイツは最低の害悪の狂犬だったから」


「そうすか…」


眉間を打ったはずだが、鼻にもかなり影響が出たんだな…。


「私、ちょっとお手洗い」と鉄川さんが席を立つと「私も」と安野さんも続いた。


俺と姫倉さんは、向かい合わせの席なのだが、なんとなく沈黙…。


「ナニ!?お前ら出来てんの?始まってんの?

お見合いかよ!?」と竹下先輩が絡んできたが、無視…。


「姫倉さん?大丈夫ですか?なんか、悩みとかあります?いつもと様子が違いますよ?」


「…そうね。悩み……あるよ。柏野さん…この後、二人で話…出来ないかな?」


…ここでは言えない話なのか?

また、師長とトラブってるのかな…?


「いいぞ!やれ!」と麦本先輩。


「いや、先輩達うるさいっすよ!こっち送別会なんですよ!」


「…すみませ~ん」と素直に謝る竹下先輩。さすが、元主将だ。引くときは引く…。



そんなこんなで、送別会は終わった。

俺は一足先にトイレに行くと見せかけて、会計を済ませておいた。


「ちょっとぉ!送別会の意味ないじゃん!?」と鉄川さんは憤慨していたが


「亡くなった父の遺言で、飲み会で女性にお金を払わせない様にと言われましたので」と沈痛な面持ちで伝えたら納得してくれた。

本当は言われてないけど…。


「相談したいことあったら、連絡してもいい~?」と鉄川さんと安野さんに言われて


「いいですよ。ただ、大野君も成長させてあげたいので、頼ってあげて下さいね」と伝えた。


二人は既に姫倉さんから話を聞いていたのか、さらっと帰って行った。



「私の知ってるバーがあるから、そこで話せるかな?」と姫倉さんは話した。

なんだか緊張している様な感じだ。

そんなに大変な悩みなのだろうか?


「俺は飲めませんけど、それでも良いなら、そこでいいですよ」



俺のジムニーで本町にあるバーへ向かった。

車内では、姫倉さんは静かだった。

師長の事か?それとも、彼氏の事か?

けど…、彼氏の事を聞こうとすると機嫌が悪くなるんだよな…。



以前、「姫倉さんの彼氏ってどんな人なんですか?姫倉さんに愛されてるなんて、しあわせな彼氏ですね?」と言ったら、凄い顔をされた事がある。


それ以来、彼氏の話はしないようにしていた。



本町のバー「クラウン」に着いた。


「職場の同僚とたまに来るの」と姫倉さんは話した。


彼氏と、じゃないのか?

確か、結婚の話も出ていた様な記憶があるが…。



バーに入って、姫倉さんはドライ・マティーニ、俺はジンジャーエールを頼んだ。


バーテンダーはチョビ髭の40代くらいの方で、ニコニコしていた。


改めて乾杯をして、姫倉さんの横顔を見ると寂しそうな顔をしていた。


「姫倉さん、俺で聞ける事なら話して下さい。

なんだか辛そうに見える」


「…そうね。どこから話したものか…」


「…そんなに深い悩みが…」


「そうなの…。貴方のことで」


「…えっ?俺…ですか?俺…なんか、やらかしましたかね?」


「違うわよ!…私が…貴方が残業してる時にさ、たまに事務所に行ってたじゃない?」


「…ええ」


確かに…俺が一人で残業してる時に、差し入れを持って、たまに事務所へ来てくれていた事があった。


「たまたま…だったと、思ってる?」


「…違うんですか?」


「狙って行ってたとしたら…、貴方はどう思う?」


「…いや、わかりません」


「ちょっと!同い年なんだから~、もう敬語やめなよ!」


「長年のクセなので、無理です。…狙って、とは?」


「…貴方の事が好きなの」


「へっ?…えっ?…あれ?…だって…姫倉さんは彼氏が…」


「2ヶ月前に別れた…。だから、今はフリーなの」


「そう…なんですか…」


「私と、付き合ってほしいの。私は千崎さんみたいな事はしない!だから…」


「すみません…。俺、出来たばっかりなんですけど、彼女がいるんです」


「…ウソ」


「本当です」


「いつ…?」


「土曜日の夜に知り合った方です」


「…どこで?」


「バーです。新町の新しいバーで、『エンカウント』という店です」


「夜の店で知り合った女性となんて…。まさか、また騙されてるんじゃ…」


うっ…!そこだけ切り抜かれると、確かに弱い…?ような気がする…。


「…それは無い…、と思いたいです」


「…私さぁ…イーストに入社してから、貴方の事を…ずっと見てきたの…。

私が、師長に理不尽な事言われた時に、貴方はなんの得にもならないのに…かばってくれた!

他の職員の相談を受けてる姿も、ずっと見てきた…!

市役所で、松本の母親から相談受けてるのも知ってた!

…そんな貴方を見てきて…気づいたら…、好きになってたの…。

元彼と別れたのは別な理由なんだけど、貴方とお付き合いしてみたいとは……もう、ずっと前から…思ってたの」


「…すみません」


「あやまらないでよ!」


「………」


「もっと、早く言えば良かったかなぁ…」


「…姫倉さん。ここだけの話で、聞いて貰えますか?」


「…いいよ。なに?」


「俺、千崎さんにフラれて『失恋鬱』だったんです。二年半も…」


「…二年半か。長いね…。

23頃から25歳迄か…。人生で一番楽しい時期と言っても過言じゃない時期を…」


「…そう…なんです。だから、姫倉さんから、今の彼女との前に告白されても、きっとお付き合いは出来なかったと思います」


「…今の彼女は、それでも…、な人なの?」


「…状況が普通ではなかったんです。

そして、いろいろな事が歯車のように噛み合った。まるで、何かの『カラクリ』の様に…」


「そっか…、残念だな…。

私なら柏野さんと、上手く付き合えると思ってたんだけどなぁ。自信あったんだよね」


「俺も、姫倉さんは素敵な女性だと思います。

けど、鬱病を患った俺では…、貴女をしあわせには…出来ないと思うんです」


「…今の彼女は、なんて言ってるの?」


「それも抱えたまま、しあわせになって見せる…と」


「そっか…。強い人だね。まあ、私でも普通にそれは出来ると思うけどね」


「………」


「今の彼女とダメだったらさ、連絡してよ?

まあ、その時、私がフリーとは限らないけどさ…。

私は…、私でも柏野さんと、しあわせになれると思ってる。だから、忘れないで…?」


「ありがとうございます…。忘れません」





その後、姫倉さんを自宅まで送った。


「さよならは言わないから。またね!」と、姫倉さんは家に入って行った。



まさか…、告白されるとは思わなかったな…。

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