第13話

理事長との面談を控えて、なんだか味のしない昼食を終えて、公用車で本部へ向かった。

いったい、何の話になるんだ…?



本部へ着いて、事務所へ用件を伝えると、理事長室へ通された。


初めて来るな…。なんとなく、ラスボスの間…と言った雰囲気だ…。

いったい、ここで何が起こるんだろう…。


ノックをして「どうぞ」と言う声を確認してからドアを開けた。


「柏野恵介です。お呼びにより参りました」と伝えると、理事長は立ち上がって頭を下げた。


…えっ…?


「この度は私の管理不行き届きで、貴方を退職に追い込んでしまいました。お詫び致します」と、理事長は話した。


…理事長がここまでするのか?と、俺は衝撃を受けた。


「さあ、どうぞ座って。ここからは楽に話して下さい」と理事長は話すが、楽に出来る訳もない…。


「失礼します」と言って、俺は対面のソファに座った。


「八萩から、おおよその事を既に聞いています。貴方と、現在は休職中の榊さんには、随分な苦労をさせてしまったわね。申し訳なく思います」


「…まあ、俺はもう退職する訳ですけど、榊さんへのフォローを宜しくお願い致します。

かなり重症ですよ」


「…芹沢さんから聞いていた通りの人なのね?

…言いにくいのですが、今の仕事を続けるつもりはありませんか?待遇も変えますが…」


「…どのように、ですか?」


「ポジションとしては係長。ベースアップもします。定時出社、定時退社。いかがですか?」


「…無理です」


「無理…とは?」


「あそこには、これまでの負の要素がありすぎます。俺は、あそこから…、離れたい。無理です」


「そう…。わかったわ。黒野の処遇についてですが、知りたいですか?」


「そうですね…。聞くだけ、聞いておきたいです。…毎日、深夜0時まで残業を強いられて、『残業代付けておいたからな!』と言われて、1ヶ月分で、三千円ですよ?

…アイツは、給与明細を見て愕然とした俺の顔を見て、笑っていました。

これを聞いて、理事長はどう思われますか?」


「人を馬鹿にしているとしか…、思えませんね。申し訳なく思います…。

黒野の処遇ですが、岩見沢の新規療養型病院の準備室で、ポジションは病棟クラークです」


…!事務長から、病棟クラークへの格下げか…。一気に転落だ…。


「そして、以後…彼には役職及び管理職には、二度と就かせません。これが、彼への処遇。

そして、岩佐…」


「…岩佐は、もう辞めています。いや、辞めさせられた。処遇のしようがありませんよ?」


「岩佐について申せば、実は私の縁故で入った人間なのです。私が、この後、電話で彼を糾弾します。貴方にはそれを聞く権利があります」


「…なるほど。では、聞きましょう」


理事長は受話器を取って、電話をかけ始めた。

携帯にかけたのだろう…。直ぐに出た様子だ。


そこからの理事長の糾弾は凄まじかった…。


辞めてはいても、岩佐には相当に堪えただろう…。


「これが、私なりのけじめです。少しは…、気が晴れましたか?」


「…まあ…多少は…」


「…これ以上は、申し訳ないのですが…できません」


「一つ、言わせて下さい」


「どうぞ」


「現場の苦しみを、貴女にも感じて欲しい。まして『死ね!』『お前は奴隷だ!』『奴隷になればいいんだ!』等…、貴女は直に言われた事はないでしょうから、わかりませんよね…?

けど、是非とも、理解はしようとして下さい。

私は一人の人間として、この法人の、そして福祉の職場に絶望しました。

それだけでも、心の片隅に、残しておいて下さい。それだけです」


「わかりました。誠に申し訳なく思います」


「…思うだけなら、誰でも出来るんですけどね」


言って俺は理事長室を退出した。



俺は公用車で帰路に着いたが、途中のコンビニに寄ってコーヒーを飲んだ。


あれだけサービス残業したんだ…。バチは当たるまい…。

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