第12話
翌朝、また芹沢さんの調理する音で目を覚ました。
「おはようございます、柏野さん」
「…おはようございます。あの……俺で、満足できましたか?」
「満足も何も…。本当に初めてだったんですか…?」
「はい。初めてでしたが…何か?」
「優しかったし、とてもお上手なので…。嘘なんじゃないかなと…」
「…いや、普通とかの基準がわからないんですよね、俺の場合…」
言いながら身体を起こしてテーブルに着いた。
「私…初めて…イッたんです…。それも、何度も…」
「…そう、なんですか?…感じてるフリなのかな、と思ってましたけど…違った訳ですね?」
「はい」と言いながら頬を染めた芹沢さんはコーヒーを淹れてくれた。
「あの~…」と芹沢さんは何かを言い淀んでいる。
何か…至らなかったのか?俺は?
「どうしました?」
「名前…。お互い、そろそろ下の名前で言ってもいいのかなって…」
「ああ…!そうですね。てっきり、昨夜の俺の至らない点を指摘されるのかと…ドキドキしてましたよ!」
「もう!違いますよ~。そっちはもう、大満足でした。それで、なんてお呼びすれば?恵介さん…かなぁ?」
「堅苦しいですね。ケイでいいです」
「じゃあ、私はカノンかハナで」
「花音さん…」
「…さん、は付けなくても…」
「いや、さん付けの方が俺にはピンときます。
花音さんはケイでいいですよ?」
「わかりました。そうさせて貰います」
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「ケイが昨日買ってきてくれたパン、とても美味しいです!」
「良かったです。俺、ここの角食が好きなんですよ。ほのかな甘味があって。トーストにしてマーガリンだけ塗って食べるのが好きなんです。
メロンパンもオススメですよ」
花音さんは、ゆで卵とサラダを作ってくれていた。それを角食に挟んで食べているのだが、美味い。
人が作ってくれた朝食を食べられるのは、間違いなくしあわせだ。
朝食後、身支度を整えて出社しようとすると、花音さんに「待って」と止められた。
またハグかな?俺は花音さんを優しくハグしたが、離してくれない…。
「花音さん?どうしました?」
「…ケイは、もし今、他の女性からアプローチされたら…どうしますか?」
「断りますけど?どうしました?」
「即答なのがすごい…。けど、私より素敵な女性なら、どうしますか…?」
「…まあ、花音さんより素敵な女性となると、神レベルでしょうねぇ。なので、ないと思いますけど?」
「…千崎さん…、でも?」
「…千崎さんは、中身を知ってしまいましたので…。もう無理です」
「…そうですか。あの…どれだけ遅くなっても、必ずここに…帰って来て下さいな?
軽く食べられる物も準備しておきます…」
「わかりました。行ってきます」
今日は真っ直ぐ出社だ。7時20分に着いたが、佐々木係長は既に仕事に入っていた。
俺より少し遅れて大野君が来た。
「おはようございまっすぅー」と元気な声の割には大野君は少し眠そうだ。
定時より一時間前の出社は、やはりキツいし、おかしいよな…。
俺もシステム手帳で一日の予定を確認。
新規相談の利用者のフェースシートを作り始めた。
8時10分になり、八萩新事務長が出社してきた。
「…君達、何時から出社してるの?」と挨拶無しに聞いてきた。
「7時30分には来てろや、と黒野元事務長に言われていましたので…」と、俺が答えると
「それは、もうしなくていい。明日からは8時30分迄の出社に切り替えるようにね?…いいかい?必ずだよ?理事長から厳命されてるからね」と言われた。
大野君は俺達にコーヒーを淹れてくれて、八萩事務長はタメ息まじりに話し出した。
「黒野君は個人の感情でやりすぎた。
力を…、権力を誇示したかったんだねぇ。
私は普通に仕事をするから、君達もその様にして下さい。
特に時間です。定時出社、定時退社は当たり前です。特に気をつけて下さい。
残業をする、と言うことは、事務長の管理能力が問われるのと、個々の職務能力が問われます。
どうしても残業する場合は、事前に私に申請するようにして下さい。理由によっては許可を出しません。
それと、柏野君。君と話がある。別室で話せるかな?」
俺と八萩事務長は相談室へ移動した。
八萩事務長はゆっくりと話し出した。
「ボイスレコーダーで録音させて貰っていいかな?理事長からの指示なんだよ」
「構いませんよ」
「では、黒野元事務長と、岩佐元課長についてを特に…、君が入社した時からを話して貰えるかな?」
…俺はつぶさに、岩佐と黒野の事を伝えた。
「…聞きしに勝る…、とはこの事だな…。
柏野君、君は午後から本部へ行くように。
理事長と面談して貰う」
「え!?しかし、通常業務がありますが…?」
「なんとかする。予定と指示だけ出してくれ。
私は相談員上がりだ。割と何でも出来るんだよ」
午前中は、ほぼ八萩事務長との面談で終わった…。
俺は休憩室で昼飯の給食を食べながら考えていた。
理事長と面談…?何の意味がある?今更…。
「居た!柏野、さん!」と休憩室に飛び込んで来たのは鉄川さん…、鉄川麻百合さんだ。
俺の一つ年下だが同期の間柄で、かなりラフだ。
「どうしました?」と俺が聞くと
「どうしました?じゃないですよぅ…。
柏野さんが居なくなったらウチらの愚痴を聞いてくれる人居なくなっちゃうじゃないですか~」
「大丈夫だよ。大野君に頼んであるから」
「え~!柏野さんだから良かったんですよぅ。
優しいコメントもくれるしぃ!」
「う~ん…。俺が言う事じゃないかも知れないけど、鉄川さんは自分の中での処理を身につけた方が楽になるかも…」
「なんですか?それ?」
「自分との対話だよ。愚痴を言いたくなったら、心の中の、もう一人の自分に問いかけてみるといい。そうすれば、他人に愚痴を言わなくて済む率が上がる」
「私、馬鹿だからわかんない…。柏野さんって時々難い事言うよね?」
「…ま、俺の場合は相談出来る人がいなかったんで、自動的にこうなった…かな」
「ふ~ん…。ところで、今夜は大丈夫なんですよねぇ?」
「うん。ただ、午後から本部に行かなくちゃならない。もしかすると遅れるかも知れないけど、行くよ」
「待ってますからね?必ず来て下さいよ?」
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