第8話

…シャワーを浴びながら考えていた。

まさか…俺に彼女が出来るとは…。


しかも今、彼女の家でシャワーを使わせて貰っている。


…夢でも見てるのか?と頬をつねってみたが、普通に痛い。

どうやら現実のようだ。




「シャワー頂きました」


「柏野さん、ノンアルコールのビールがありましたので飲みませんか?冷えてますよ」


「じゃあ、ありがたくいただきます」


「歯ブラシは新しいのを出しておきましたからね。

…やっぱり、ツンツルてんですねぇ、私のスウェット」


「まあ、気にしませんよ。それより気になったのが…」俺はノンアルビールを飲みながら芹沢さんに聞いてみた。


「モールで、千崎さん達に、芹沢さんは何か言っていましたよね?

あの時、俺はほとんど思考が働いていなかったんですが…、何を言っていたんですか?」


「あれはですねぇ、力を少し使いました」


「やはり…。例のナントカ・レコードですね?」


「そうです。個人情報になりますので、詳しい内容は伏せますが、この一週間以内に、あのご夫婦に大きな事が起こります。

お母様は半年後位かな…。

千崎さんは…ちょっと…。あの方はかなり業が深いな…。

言うなれば、魔性の女です」


「魔性の女、ですか…なるほど。

気になりますが、言えない事なら聞きません。

けど、なんで能力を使ったんですか?」


「だって、一方的でしたよね?しかも3対1ですよ?しかも公衆の面前で人を侮辱して…!

あまりに卑怯です!」


「…俺を助けてくれて、ありがとうございました」


「私の方こそ、昨夜なんて…柏野さんが居なかったら、どうなっていたか…」


「おあいこですかね?

けど、元彼の件はちょっと心配ですね。

俺が常に側に居られたら良いのですが、そうもいかない…」


「後はお布団に入ってからお話しましょうか?

明日もお仕事ですもんね」


「はい」




その後、芹沢さんはベッドで、俺はその横に敷いてくれた布団へ入った。


「…柏野さん?」


「はい?」


「そちらのお布団に入ってもいいですか?」


「…すみません。今日は…ちょっと」


「なんか、男女が逆パターンのやり取りですねぇ?」


「すみません…」


「ヘタレ…と言いたい所ですが、柏野さんのこれ迄の事もありますからね…。

明日なら…いいですか?」


「明日も来て良いのなら…、覚悟を決めておきます。ただ、帰りは遅くなりますよ?ブラック企業ですから…」


「やっぱりダメだコリャ…。んしょ」と芹沢さんは俺の布団に入って来た…!


「ちょっ…芹沢さん!?」


「しー!はい~、詰めて詰めて~、そっち向いて。大丈夫、何もしませんよ。

後ろから軽く抱き着くだけです。落ち着いて…。貴方との距離を縮めたいだけ…。これから、私が話すことを、良く聞いて下さいな?」


「…はい?」


「柏野さんは、もう充分、今の会社に貢献してきました」


「…はい」


「なので、明日からは定時で、帰るようにして下さい」


「そんな…!?できませんよ!」


「落ち着いて…。勤務時間とは、そもそも就業規則で決まっているものなのです。

定時で帰っても罰せられません。

まして、貴方は水曜日で辞めるんですよ?」


「しか…し…」


「明日の朝…出社前に私が、おまじないをかけます。だから大丈夫です。

定時ダッシュをかまして下さい」


「…?…は…い」


「そして、もう一つ。貴方を、私の会社で雇います」


「…えっ?」


「私、不動産事業のオーナーなんです。

一人でなんとかやってきましたが、助手が欲しいと前から思っていました。貴方を、雇います」


「しかし…道場長からの紹介された居酒屋での仕事もあります。そちらを断れと…?」


「違います。ダブル・ワークになってしまいますが、両方やってみませんか?

見識が広がりますよ?

勿論、私の方の仕事は、居酒屋での仕事の負担のかからない範囲にします」


俺は芹沢さんの声が心地よくて、段々眠くなり始めている…。最後まで…聞けるのか…?


「…もう一つ」


「…はい」


「…東京には…行かないで下さい。私を…置いて行かないで…下さい…」


芹沢さんは俺にしがみついていた。

俺も身体を返して優しく抱きしめる。


「…わかりました。行きません。貴女の傍に、居ます」


そのまま、俺は眠りに落ちた。

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