第6話

昨日の晩、私、芹沢花音は、お世話になった小松さん御夫妻のバーの新規オープンのお手伝いに伺った。


マスターである旦那さんは、私の亡くなった父の親友で、昔からの顔馴染みだった。


父が亡くなった時には、葬儀の段取りやら何やらと、とてもお世話になったご恩がある。

奥様も優しくて、とても素敵な方。


旦那さんは会社員とバテンダーのダブル・ワークをされていたが、セカンド・ライフを送る決心をされた。


そして、この度開店されたのが、

バー・ラウンジ『エンカウント』


今後、昼間はカフェとしての営業も考えていると旦那さんは話している。


私はお酒も飲めるが、コーヒーや紅茶の方が好きなので、カフェの方が楽しみだ。



今日の私は、ウェイトレス兼接待で、オープン記念で訪れたお客様のお相手をしていた。


そんな中、23時を回った頃に一人の男性客が来られた。

マスターの知り合いではないご様子…。


ちょっと、キョロキョロしてからカウンターに座って、ジン・ライムを注文していた。



「ハナさん、お客様にお出しして」と、マスターから言われて、カクテルをその男性客へと届けた。


この人…なんだろう?私の知ってる人に…雰囲気が少し似ている?

以前、私を窮地から助けてくれた、あの少年に…。


興味本位から、力を使って少し彼の事を視てみた。


んんっ…?あら…、あらあらあら?

…この人…!?




その時、また玄関のベルが鳴り一人の男性客が入ってきた。


私は思わず、カウンターの陰に身を隠した。慎吾が…、なぜここに…。



「ハナ!ハナじゃないか!?」



隠れるのが遅かったかぁ…。

騒がれるとお店の迷惑になる。なんとか自分であしらうしかないかな…。


「…お久し振りです。慎吾さん」


「おいおい、他人行儀な呼び方はよせよ?

俺達、恋人同士だったろ?なんで、急に居なくなったんだ!?」


この人、ここに来る前に既にだいぶお酒が入ってる様子だ…。段々と語調が荒くなって来ているし…マズいわね…。


「貴方には、しっかりと別れますと伝えました。なので、急に居なくなった訳ではありません。

他のお客様も居りますので、ご迷惑をかけないようにお願いします」


「つれないこと言うなよ?さあ、ちょっと場所を変えて話そうか?『あの時』の事も含めてさ…」と慎吾は私の左腕を掴んだ。


「やめてっ!私、あなたと話しなんてしたくない!別れたくて、そう言ったのに、なんでしつこくするのよ!?」


「ああん?ここで暴れたっていいんだぞ!?どうするんだコラ!?あ"っ!?」


…その時だった。


カウンターで一人で飲んでいた先程の彼が、遠慮がちに声をかけてきた。


「あの~…お取り込み中悪いんですがね。そちらの女性の方、嫌がってますよね?やめましょうよ?ここはお酒を楽しむ場所ですよ?」


「なんだ、お前は!?関係ないヤツは引っ込んでろ!!」


「そうかぁ…。では、そちらの女性の方。ハナさん、でしたっけ?こちらの男性とお付き合いされてるんですか?」


「違います!数年前に別れました」


「そうですか…、じゃあ俺と付き合っていただけませんか?」


えっ…?何言い出すの…この人!?


彼はニコっと笑って私の耳元で囁いた。


「(今だけ、俺に合わせて下さい。ねっ?)」


…この人。


「わかりました~。私も、この人がお店に入って来た時から気になっていました~。

お付き合い、します!!」


「え~、と言うことで、ハナさんと俺、柏野恵介は他人じゃなくなりました!なので、口出しさせて頂きます。

ま、ここじゃなんなので、表出ましょうかぁ!?」


そう言ったが早いか、彼は両手で慎吾が私を掴んでる手を上に、私の手を下にパパン!と同時に払った。

…あっさりと、掴まれていた手が離れた…!?


嘘ぉ!何したの今!?


そして彼は、慎吾の右腕に自分の左腕を巻き付けるようにして店の外へ連れだして行った。


「お…前!バカっ…!腕が!肘関節が痛いっ!?痛いんだよぉおお!!」と慎吾は叫んでいた。


「マスター!どうしましょう?慎吾、元自衛官だし、チンピラみたいな事もやってたから…、あの若い男性の方やられちゃうかも!」


「…わかった!ハナさんもスマホで、いつでも警察に連絡出来るようにしといて?僕が外の様子を見てくるから」



マスターが外に出ようとした所で、先程の男性が店に戻って来た。


…えっ?早すぎない?どうなったの…?


「…大丈夫でしたか?お客様?」とマスターが聞くと


「はい、脅して追い払いましたので、もう大丈夫だと思いますよ。

彼、ちょっと危ない感じがするので、しばらくは警戒した方がいいとは思います」

と、ケロっとした顔で話していた。



「あの…助けて頂いてありがとうございました」


私は彼がどうやって追い払ったのかも気になるが、それよりも彼自信の事が気になっていた。


気になっていた…というよりは…もう…、彼に惹かれている私がいた。



「あの、お詫びに何かご馳走しますので、お飲み物など…」


「じゃあ、お水をいただけますか?大分酔いが回っちゃって…」


「え~…。まだ一杯目ですよねぇ?」


「いやぁ、すきっ腹に飲んだからか、効いちゃいました~」


マスターから受け取ったお水を渡すと、美味しそうに飲む彼。


さっきの…『今だけ合わせて』って言ってくれた彼の、寂しげな笑顔がどうにも気になる…。


「あの…柏野さんは、どうして私を…助けてくれたんですかね?」


「そりゃぁ…綺麗な方が困ってるんですもん。

助けますよ?」


…当たり前のように言うけど、他のお客様はそんな事はしてくれなかった…。


まあ、突然の出来事に反応出来なかった…と言った方が正しいのかも知れないけど。



「柏野さんは、彼女さんは…いらっしゃるんですか?」


「ハハ…いるように、見えますぅ?」


「いないんでしたら…さっきの話の続きなんですけど…、私とお付き合いして…いただけませんか?お友達からでも…」


「夢でも見てるのかな俺…。こんな綺麗な人から付き合ってだなんて…」


私は彼の肩を掴んで揺すった。


「もうっ!現実ですよ。どうで…しょうか?

ダメ…かな?」


「…いい…ですよ。俺で良ければ、喜んで」


お店の中に歓声が上がった。


「ハナさんに、とうとう春が来たか!いやぁ、良かった」とマスター御夫妻も喜んでおられた。


まさか今日、こんな出会いがあるなんて、思いもしなかったなぁ。

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