第2話

芹沢さんのアパートから、小路を抜けて表通りにでると、すぐ近くにに商店街が見えた。

ここに出るのか…。


知っている場所だ。

近くにはパン屋やコンビニもあり、利便性に優れている。

良いところに住んでるな、芹沢さん。


俺は商店街の中にある、昨夜のバーに寄ってみる事にした。


バー・ラウンジ『エンカウント』。


ふむ…、ここで俺は文字通り遭遇した訳だ。

…芹沢花音さんに。


飲み屋だから、昼間はやっていないだろうと思ったが、中から人が出てきた。

壮年の紳士っぽい人だ。お店の方だろうと判断して、俺は声をかけてみた。


「あの、こんにちは」


「はい?こんにちは…あれ?貴方は昨夜の…!

昨夜は本当に助かりましたよ!ありがとうございました!」


「え?え〜と…、すみません。俺、実は一杯飲んでからの記憶がなくて…」


「えっ…!?じゃあ、ハナさんとの事も覚えてないんですか?」


「…はい。昨夜は隣室に泊めて頂いたようで、今朝起きて聞いてみたら、何も教えてくれないんですよ。昨夜、このバーで何があったんですか?」


「いやぁ…個人情報もからむしなぁ。ハナさんに直接聞いた方がいいなぁ、それは。

僕の口からはちょっと…」


「個人情報?…そうですか。夕方に、もう一度、芹沢さんにお会いするので、その時に聞いてみます」


「その方が良いですよ。それと、ハナさんを宜しくお願いしますね?」


「え…?はぁ…?わかりました」



何を…したんだ、俺は?




その後、自分のアパートに戻ってシャワーを浴びてから道場へ向かった。



小金町にある栄心武館という道場だ。

俺はここで一年程前から、日曜日だけ合気道を学んでいる。


日曜日は午前の部だけだ。稽古時間前だが、既に何名か来ていて各々ストレッチや受身の稽古などをしている。俺は目当ての生徒に声をかけた。


「望月先生、受身教えて下さい」


「あ、ケイさん。おはよう。何度も言ってるけんども、ワイは先生でねぇ。普通に名前で呼んでけろ?」


「え~。だって凄い上手いし、先輩じゃないですか~?教えるのも、めっちゃ上手いし」


「んでも先生呼びはダメだして。ま、受身は教えるはんで」。


望月さんは、市内の高校に通っているそうだ。

以前は青森の方に住んでいたそうだが、数年前に引っ越してきたとのことだ。


他の人と話す時は標準語で話すが、俺には気を許してくれているのか、訛り全開で話してくる。


「…身体ば丸く使って、身体が軽い意識で受身ば取る。なるべぐ音立でねぇよにな」


「なるほど、身体を軽く…」そうは言っても、俺が受身を取ると、どうしてもパン!と音が出てしまう…。

高校生の頃に授業で柔道があったので、その動きがまだ染み付いているのだろうか?


「ん~。手ぇね、羽打ちば使わねようにして、意識は身体ば丸い羽だと思う様にして」


丸い羽の意識…。それ!…羽打ちは使わない──。お!ほとんど音出なかったんじゃ…?


「ん!ぐなった。上手ぐ行った時の感覚ば身体さ残して行げば、上達早えしてね」


なるほど、音が格段に小さくなった。意識するだけでも変わるものだな。


「わかりました。ありがとうございます!」



その後、普通に稽古が終わり、帰り支度をしていると館長の佐島栄光先生から事務所へ呼ばれた。


「柏野君、例の件は再来週からでいいんだな?」


「はい。今の職場は水曜日で退職しますので」


「うむ、わかった。見山先生には既に話を通してるから大丈夫だ。近日中に君の携帯に連絡が入るから、詳しく聞いてね。急に夜の仕事になるけど、大丈夫なのかい?」


「元々、残業が多くて、夜も働いていましたので大丈夫です」


「そうか、身体は大切にな」


「はい。ありがとうございます」


さてと、帰ろうとすると望月さんが話しかけて来た。


「ケイさん、技はかなり上手ぐなったよ。自信ば持っていい」


「そうですか?ありがとうございます」


「元々、なんがやってだんだべさ?」


「小学生から高校卒業まで剣道やってました。

学生時代は、何かと喧嘩に巻き込まれる事があって、剣道を素手で使えるように自分でカスタマイズして対処してたんですよ」


「へぇ、だから間合いの取り方とが、打ちが上手いんだぃねぇ?」


「まあ、色々あって、自己流はダメだなと思って、ここに入門した訳です。

素手の武術を、しっかりと身に付けたかったんですよ」


「ふぅん。ケイさんの場合は、その素直さ何よりの武器だぃね。まだまだ伸びると思うがら、続げで欲しなぁ」


「この街に居る間は、続けようと思ってます」


「ありゃ?引っ越すのけ?」


「まだ決まってはいないのですが、可能性はあります」


「そぉなのけ?辞められれば寂しぐなるじゃ」


「望月さんにそう言って貰えて光栄です」



アパートへ戻ると、13時を少し回っていた。


コンビニで買ってきたお握りと、インスタントの味噌汁で軽く昼食を済ませた。


…日頃の疲れがドッと来てるな。

仮眠を取ろう。


ベッドに横になる前にスマホのアラームをセットした。


芹沢さんとの約束の時間には遅れられない。

昨夜の事を…、きちんと、聞かなくては…。




──────────────────────




アラームの音で目を覚ました。

16時、か…。

もう少し…眠……眠、い………が、ダメだ!

二度寝したら、約束に遅れてしまう。

俺は冷たい水で顔を洗って、髪も整えた。


芹沢さんのアパートへ向かいながら考えていた。


彼女、仕事は何をしているんだろう?

会社員っぽくは…、ないんだよなぁ。

それに、バーの店長とは知り合いみたいだ。



…手ぶらでお邪魔するのも何だと思い、最近評判のケーキ屋に寄った。看板に喫茶・洋菓子アンジェと書いてある。


「いらっしゃいませ!」と高校生と思われる男性店員がイートイン・コーナーから元気に挨拶してきた。どうやら、帰った客の食器の片付けをしている様子だ。


「草森君~!レジお願い!」と奥から女性の店員に声をかけられていた。


さて…、何がいいかな?


「御遣い物ですか?」と草森君と呼ばれた少年は聞いて来た。


「そうですね…。お世話になって、今日の晩御飯を作ってくれる女性へのお土産なんですが」


「そうですか。それなら、プリン・ア・ラ・モードはいかがですか?当店でも人気メニューですし、豪華感がありますよ。あと、一番人気はショート・ケーキで、女性には和栗のモンブランも好評です」


なるほどね…おすすめ通り、芹沢さんのイメージからして…プリン・ア・ラ・モードは合うと思う。それと無難にショートケーキとモンブランを1個ずつ…と、チーズケーキ。これで何かは好みにヒットするだろう。


「お客様、サービスで、ある物をお付けしました。よかったらお使い下さい」と少年はニコニコしながら話した。

あるもの…?なんだろう?

俺は少年に礼を伝えて店を出た。





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