第36話 日本一
あの日からその話題は出ることは無かったが、大竹は開幕戦とは見違えるピッチングを続けた。
二試合目から何と十五連勝を記録。最終的には十八勝二敗と大きく勝ち越し、ライオンズもリーグ優勝を果たした。
ポストシーズンも大竹と西武の勢いは続き、遂にあと一勝で日本一というところまで辿り着いた。
迎えた試合、ライオンズは大竹が日本シリーズ二試合目の先発。ジャイアンツは昨年まで西武に在籍した松永が先発。
試合前、トイレに行くために一旦ワトソンから離れたところで、背後から声を掛けられた。
「久志さん!」
振り向くと、声の主は何と東大智だった。彼がプロ入りしたことは知っていたが、今年は基本二軍だった認識だったので、思わず驚いてしまった。
「久しぶり!元気?」
「バッチリです!応援しててください!」
「今は立場上難しいかなぁー」
「まぁ心の中で!またご飯行きましょう!」
大智はダッシュで巨人ベンチに戻って行った。
ブルペンの様子が見えたので少しだけ覗いてみた。
大竹はいつに無い精悍な顔つきをしていて、話しかけてはいけないオーラを発していた。
投げる球は力強く、かつキレも備えた抜群の球だった。これなら大丈夫だ。
彼の投球に目を奪われていると、遠くからワトソンの声がした。何か困っているようだ。
僕はブルペンに後ろ髪を引かれながら、ダッシュでワトソンの元へ戻った。
試合は、初回から両チームともアウトの山を積み重ね、完全に投手戦の様相を呈した。
七回、ジャイアンツは先頭打者の代打に大智を投入した。
大竹の投じた第三球。甘く入ったカーブを大智が捉え、二塁打を放った。
二塁に滑り込んだ大智は、目一杯のガッツポーズを決めた。しかし、大竹は顔色一つ変えていなかった。
続く打者を三振、セカンドゴロに打ち取り、ツーアウト。迎えるは相手の主砲、ミムズ。
大竹はキャッチャーの指示に首を振り、ニヤリと笑った。
投じられたストレートは、ミムズのバットの少し上を通過し、キャッチャーミットに収まった。
その後、ツーストライクとなり、第六球。大竹はまたもストレートを投げ込んだ。
今度のボールは外角低めに決まり、本塁の角を掠めた。
審判は腕を激しく動かした。大竹も同時に激しくガッツポーズを決めながら雄叫びを上げた。
大竹の奪三振で流れを持って来たライオンズは、裏の攻撃で打線が繋がり、一挙五得点を挙げた。
その後リードを保ち最終回。尚もマウンドには大竹がいた。
既に球数は百球を超えていたが、彼の眼光は疲れを感じさせないくらいに鋭さを保っていた。その姿には、エースとして最後まで投げ抜くという矜持が感じられた。
先頭から二者連続で初球で打ち取り、ツーアウト。
続く打者は、大智。初球は、緩いカーブを置いてきた。
拍子抜けした大智をよそに、大竹は表情一つ変えなかった。二球目はストレート。内角一杯に決まる。その後二球は際どいコースだったがボール。
そして五球目。彼が選択したのは渾身のストレートだった。
大智もそれにフルスイングで応えた。差し込まれつつも芯で捉えた打球は外野フェンス際まで飛んだ。
ライトの金澤が目一杯手を伸ばす。打球は見事にグラブに収まった。
次の瞬間、大竹は両手を突き上げ、そしてすぐに駆け寄ったチームメイトによってその姿はかき消された。
試合後、僕達はビール掛けを行った。本来なら監督、コーチ、選手のみの参加だが、僕もワトソンの付き添いで参加することになった。
ワトソンが途中テレビクルーに呼ばれたので着いて行き、何とか無事にインタビューに対応した。酔っているワトソンは実は卑猥なワードを挟み込んでいたが、直訳せず何とか放送事故は回避した。
終わり際、ワトソンはいきなりグッドガイと叫び頭から僕にビールをぶっ掛けた。カメラも僕の方に向いていて恥ずかしかったが、ワトソンとの抱擁でそれなりに絵になったので良しとしよう。
ビール掛けを終えた僕の服はビショビショで、ビールの匂いが充満していた。
ホテルに戻ると、急いでシャワーを浴び、もたれかかるようにベッドに寝転んだ。
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