第35話 大竹の悩み
新シーズンが開幕した。開幕投手は大竹。ここ三年連続してチームの勝ち頭であり、昨年は初タイトルとなる最多勝と最多奪三振を獲得した。
沢村賞こそジァイアンツの細野投手に譲ったが、今や誰もが認めるライオンズのエースである。
しかし、この日の大竹は乱調気味で、失点こそ一点に留めたが、五回にして百球近い球数を要していた。
五回のマウンドを終え、ベンチに戻って来た彼は、大量の汗をかき、真っ直ぐ一点を見つめていた。捕手とのやり取りにも集中出来ていなかった。
ワトソンがトイレに出た間に、大竹と目が合った。何も言わず、ただ頷くだけだった。
結局大竹は五回で降板し、チームは終盤に逆転勝ちした。
ワトソンは電車通勤なので、駅前で解散した。
スマホを開くと、大竹からメッセージが届いていた。
「久志、ワトソンと解散したらメシ行ける?」
僕は慌てて電話した。
「もしもし、今解散したよ。今からだったら行けるけど。」
「じゃあ車で行こうか。帰りも送ってくよ。」
「すまんな、じゃあ向かうわ。」
大竹の車と合流し、店に向かう車内は沈黙が流れた。思っていたよりも彼が意気消沈しているように見えて、気を遣ってしまったためだ。
やがて焼肉屋に到着し、座席に着くも、尚暗い表情だったので、一先ず話しかけることにした。
「今日はお疲れ。取り敢えず食べよ。」
「おお、そうだな。」
最初こそ重い空気だったが、お腹が満たされるにつれ段々と大竹が話し始めた。
「実はさ、開幕投手は初めてだったんだよね。」
「へぇ、意外。」
「去年までは松永さんだったから。」
「ああ、今年からジャイアンツに行った松永さんだね。」
「全然平気だろとタカを括ってたらそんなことは無かった。マウンドに上がってからは足が何故か震えてた。」
「やっぱり開幕投手は特別だったんだな。」
「うーん、まぁ、呑まれたよね。こんなんじゃメジャー行けないわ。」
「まだ始まったばかりだし、次また頑張ればいいじゃん。取り敢えず食いまくって忘れよ。」
「ありがとう。」
「そう言えばさ、茜ちゃんとは仲良くやってるの?」
「ああ、それがさ…」
「何だ、揉めてんのか?」
「メジャー行きたいと言ったら、行くのは賛成だけど、子供が産まれたばかりでいきなりアメリカ生活は難しいから行くなら単身で行ってと言われてさ。」
「ああー、まぁ言い分は分かるわ、大変だもんね。」
「確かに一理あるけど、単身メジャーは多分メンタル的にキツいわ。」
「うーん…それなら、茜ちゃんに具体的にどこが不安か聞いてみてよ。どうしようもないのか、何か方法があるか俺も考えるよ。」
「分かった。」
マウンドでは大きく躍動する彼は、今目の前で小さく丸まっていた。
その姿は、僕に寂しさと懐かしさを同時にもたらしていた。
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