第31話 ストーキング
一週間後、いつものように大学の講義を受けて、帰るために最寄駅まで歩いていると、遠くに見覚えのある顔があった。すぐにそれが誰か分かった。
美春は僕を認識したのか、笑みを浮かべて僕の方へ歩いてきた。
慌てて僕は踵を返して大学方面に引き返した。
普段通らない住宅街に入り、早足で只管徘徊した。
ふと後ろを振り向くと、人影は無くなっていた。
一先ず安心した僕は、記憶を辿りながら来た道を戻った。
美春に大学がバレている。一体どうやって情報を入手したんだ。これからの通学どうしようか。それより、家はバレていないだろうか。いや、大学を突き留めるくらいだからとっくに知られているだろう。一体アイツの目的は何なんだ。謎が多すぎる。
駅に着き、周囲をキョロキョロしながら改札を通過した。
今のところ美春の姿は無い。早く電車に乗り込もう。
心配だったので、念の為家から反対方面行きに乗った。
一駅で下車し、すかさず自宅方面に乗り換えた。ここまですれば大丈夫だろう。
最寄駅に到着し、暫く歩いて自宅マンションに到着した。周囲を見渡したが、怪しい人影は見えない。漸く安心してエントランスに入った。
エレベーターから出て、自室の鍵を取り出した、その時だった。
「久志くん!」
驚いて振り向くと、遠くに美春が居た。
僕は腰を抜かして倒れてしまった。恐怖からか、声も出ない。その間にも美春は息を切らしながら近づいて来る。
やがて僕の真ん前まで来た彼女は僕を見下ろしながらニヤリと笑った。
後ろに付いた手は小刻みに震え、全身から滝のような汗が出た。
美春はしゃがみ、僕に目線を合わせてきた。
僕の左頬に掌を被せた彼女は、ウットリとした目線で僕に視線を送った。
「久志くん、私からは逃げられないよ?逃げられると思った?」
優しく撫でる様な声色が恐怖を倍増させた。
「一体何故此処に…?」
「他の方がオートロック解除してから入れば入れるよね?」
「何で部屋番まで分かるんだよ…」
「ポストからちょっと郵便物はみ出てたね。宛先久志くんなら部屋は分かるよね?」
「大学は?」
「久志くんからソープで逃げられたじゃん?実はあの後体調悪いふりしてすぐ帰った。したら前に久志くんいたから同じ電車乗ったら最寄駅分かるね?」
「さっきからその口調何なん?てか探偵みたいで怖いわ。その才能他に活かせ。」
「そんなことどうでも良いから部屋で話そ?」
もう逃げられないと悟ったし、周りの目もあるので、一先ず部屋に入れることにした。
「てかさ、ここまで追いかけてきて何がしたいんだよ?普通に怖いわ。」
「好きなんだもん」
「え?声小さくて聞こえんわ」
「だから好きなの!諦められないの。今まではもう会えないと思ってたのに会えたんだよ?これって運命じゃん。」
「もしそうだとしてもやり方怖すぎ。こんなやり方してやり直せると思ってるあたり自分本位過ぎないか?」
「じゃあどうしろっつうんだよ!」
美春が激昂し、胸倉を掴んできた。
「LINEもブロックして着信拒否もしといてどの口がほざくんだ?ああ?」
「そりゃこんなことしたり、ヒステリックになるからだろ。怖いんだよ。」
「でも、諦められない…」
彼女の声が弱々しくなり、啜り泣き始めた。僕は何も言えなくなり、抱き寄せることしか出来なかった。僕の胸の中で泣き噦る姿は、見た目こそ激変しながらも、子供の頃の美春そのものだった。
やがて美春は顔を上げ、静かに呟いた。
「あのさ、私がソープ辞めたらやり直してくれる?」
そういう問題じゃない…と言い掛けたが、泣き腫らした目をした美春を見た時に不覚にも可愛いと思ってしまった。
「いきなりやり直すとかは難しいよ。まずは友達というか、幼馴染に戻りたい。ソープ云々じゃなくて、まぁ普通に嫌だけど、すぐ感情的になって話を聞かないとか、ストーカー気質なとことかが無くならないと付き合うのは普通に無理だよ。」
「分かった。じゃあ幼馴染として仲良くして。絶対好きにさせてみせます。」
美春は僕から離れると、帰り支度を始めた。
「また来るね。とにかくまずはソープ辞める。」
そう言い残すと、彼女は勢いよく消えていった。
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