第27話 完全燃焼

翌日より、加須学院対策が始まった。相手投手陣は全国クラスの投手が二人おり、打ち崩すことはイメージしづらかった。反面、特に小技を仕掛けられた際の守備にはやや安定感を欠いていたので、勝機はとにかく無失策で凌いで小技を絡めて勝つことだった。

 当日までは只管ケースバッティングで様々な場面での守備連携や小技の精度を上げることに費やした。

 

 試合当日。緊急事態が発生した。東が発熱のため会場に来ることが出来なくなったのだ。残りの投手は大竹と外野が本職の石井だけ。結果、先発は石井が務めることとなった。

 スクランブル登板にも関わらず、石井は予想以上の好投を見せた。大竹ほどの直球こそ無いものの、丁寧にストライクゾーンに決まる直球とバットの芯を外すシュートの組み合わせで凡打の山を築き、五回を無失点で凌いだ。

 しかし、打線は相手先発の投球に圧倒され、五回までヒットが出なかった。

 六回からは大竹にスイッチ。大竹も圧巻の投球でついに九回まで無失点。

 その裏、浦和第一の攻撃。しかし、簡単に二死まで打ち取られ、僕に打席が回ってきた。

 簡単に凡退はしたくない。しかし、全く打てる見込みも無い。どうすべきか。よし、それならば…

 僕は意を決して初球にセーフティバントを仕掛けた。打球は練習通り三塁線に転がった。相手三塁手は油断していたのか、慌てて送球するが間に合わず。出塁に成功した。

 次は南場。しかし、一塁では安打で帰るのは難しい。ノーマークだったら盗塁しよう。

 南場の打席を見守るが、僕に対しては大してマークはされなかった。カウントはツーストライクツーボール。よし、走ろう。

 僕は相手投手が足を上げた瞬間にスタートを切った。が、左耳に金属音が響いた。音の行き先を追いかけると、打球は右中間に抜けたのが分かった。二塁も回って三塁に到達する。コーチャーを見た。腕をグルグル回している。

 僕は更にギアを上げて三塁を掠めた。内野に一瞬目を向ける。二塁手が本塁に向け投げたところだった。

 相手捕手を避けて本塁に滑り込んだ。左手が本塁を掠めた。同時に背中にグラブの感触もあった。どちらか。

 土埃から審判が顔を出した。上がったのは…片手だった。

 落胆する僕に廣政がファーストミットを手渡し、背中をポンと叩いた。気持ちを切り替えて一塁に向かった。

 相手先頭打者がいきなり二塁打を放った。

 その後、二死を奪うが走者はまだ三塁。ここで迎えるのは相手の四番打者。とにかく後ろに逸らしてはいけない。

 大竹が投じた渾身の直球。相手打者は思い切り引っ張ると、僕目掛けて弾丸ライナーが飛んで来た。

 丁度一塁を掠めてバウンドが変わった。必死に手を伸ばすが、ミットから弾かれてしまった。急いで拾い、カバーに入った大竹目掛けて投げ込んだ。相手打者が滑り込んだため、土埃で大竹の捕球と相手打者の手が塁に触れる瞬間がぼやけて見えた。

 今度は審判が両手を広げた。

 スタンドの盛り上がりと反比例して、僕達は失望感で落胆していた。正直なところまだ実感はないが、これで高校野球が終わってしまったのだ。

 僕らの更衣室は、静寂に包まれた。皆頭が下がり、時々啜り泣く音が響くのみだった。でも、僕自身は涙は流れなかった。辛い時間の方が多く、やり切ったという解放感から来ているのだろう。

 特に南場が号泣していたので、黙って彼の背中を摩った。彼は特にこの一年、主将としてチームを引っ張る重圧があったのだろう。

 静寂の中、監督が言葉を絞り出して僕達の健闘を讃えてくれた。

 次の試合のチームが待っていたので、余韻に浸る間もなく出ることになった。

 南場から声を掛けられたので、一緒に帰ることにした。

 「終わっちゃったな。」

 「そうだな。南場は特に大変だったよなこの一年。」

 「まあまあ色々あったしな。まぁお前も良く頑張ったと思う。」

 「僕はそこまでじゃなかったよ。」

 「いやいや、石塚と常にポジション争いがあったし、一時期不貞腐れてただろ?あの時はどうなるかと思ったけど良く持ち直したよ。」

 「ああ、あれはみっともなかったよな。まぁいい経験だった。」

 「そう言えばお前進路どうすんの?」

 「進学はするけど、野球は辞めるよ。元々高校までって決めてたし。お前は?」

 「俺は大学で野球続けるよ。悔しいまま終われないし、まだプロになることも諦めてない。」

 「進学先は決めてるの?推薦とか来てるの?」

 「一応、岩手から一校だけ来てる。関東から離れるのは寂しいけど、活躍すればプロになれるだろし。」

 「そっか、また応援に行くわ。」

 南場と別れ、自宅に着くと、疲れがどっと押し寄せたので、部屋に直行して横になった。

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