第25話 縁

帰り道。僕は落ち込んでいた。僕自身は可能な限りのアピールは出来たように思う。しかし、東はその遥か上を行っていた。今日の起用法を見る限り、東が投げない時は確実に一塁に入る。

 仕方ないことだと自分を納得させるうちに、自宅に到着した。

 晩御飯を食べている時も、僕の気持ちは落ちたままで、味がしなかった。

 風呂でも考えるのは今後の心配ばかりで、気が付けばのぼせ上がってしまった。

 風呂上がり、牛乳を飲んでいると、父が話し掛けてきた。

 「久志。野球部の練習に大智くんはもう来てるか?」

 僕は不意を突かれて牛乳を吹き出してしまった。

 「大智って、東大智?」

 「そうそう。てか覚えていないのか?お前が小二の時までは茅ヶ崎に住んでいただろ?その頃は大智くんの家と隣同士だったから、お前とよく遊んでたんだぞ。」

 父に指摘されて漸く思い出した。東の顔に見覚えがあったのは、単に野球で有名だったからではなく、幼馴染だったからだ。当時の大智少年とはゲームばかりしていたから、まさか彼が野球を始めていたのは知らなかったとは言え、自分の記憶力の無さには本当に呆れる。

 「思い出した。野球やってたことすら知らなかった。でも向こうは覚えてるかな?別に特別やり取りしてる訳でもないし。」

 「まぁ、それは知らんけど。仲良くしてやってくれ。」

 父はそう言い残すと、サッサとリビングに消えていった。

 翌日。ノックで一塁で一緒になった東に話し掛けた。

 「東くん、昔茅ヶ崎に住んでた?」

 「思い出しました?」

 東は少し嬉しそうに微笑んでいた。

 「うん、親父から聞いた。」

 「僕はずっと覚えてましたよ。」

 東はそう言い残すと、自分の番のノックを受けた。その後はノックが忙しくなったので特別言葉を交わすことは無かった。

 練習後、僕は東を誘って一緒に帰ることにした。まだまだ話し足りないことがあったからだ。

 「何で浦和第一なんだ?別に野球部は名門じゃないのに。」

 「うーん、まぁ中学から埼玉に引っ越してきましたし、自宅に近いのと、進学とかも考えてですね。」

 「ふーん、何か勿体無いな。君なら浦和緑台でも行けたんじゃないの?」

 「まぁ、確かに浦和緑台からも誘いはありました。でも何か、野球漬けなのもどうかなみたいな気持ちもありましたし。」

 「プロ野球とか考えていないの?」

 「まぁなれたら良いなくらいですね。」

 「もしかしてあんまり野球好きじゃない感じ?」

 「嫌いじゃないですけど、そこまでですね。」

 「そっか。何で?」

 「何て言うか、中学の練習が厳し過ぎたりとか、人間関係とか色々あって楽しくなくなっちゃいましたね。義務になってたと言うか。」

 「ああー」

 「それもあって、高校では勉強や遊びも程々にやって、野球との距離感を適度に保とうと思ったんです。そしたらまた野球が好きになるかも知れないし、それに野球しか知らない人間になりたくないのもあります。」

 「何か凄いな。」

 「何がですか?」

 「いや、めちゃくちゃ考えてるなって。まぁ、喋っている感じから賢そうな感じはしていたけど。感心しちゃったよ。僕なんかよりずっと大人だなと。」

 「どうなんですかね。」

 会話が途切れ、暫く沈黙のまま桜の花弁が落ちる道を自転車で漕いだ。

 「そう言えば三井さん、僕のこと忘れてましたよね?地味にショックでした。」

 「あぁ、えーっと、正直ね。勿論東大智が中学野球で名を馳せていたことは友達を通じて認識はしてた。でもそれが大智くんとは夢にも思わなかった。まだ茅ヶ崎に居るもんだと決めつけていたからな。一緒にゲームばかりしていたのが大智に関する記憶だったから。」

 「あはは、確かに毎日ゲームしてましたね、スマッシュオールスターズですよね。」

 「そうそう、お前がやたら強いから何回も挑んでたわ。」

 僕達は高笑いした。僕達の空白の期間はすっかり埋まっていた。

 そんなこんなで東の最寄駅に到着した。

 「今日はありがとうございました!また明日から宜しくお願いします!」

 「おう、またな!」

 帰り道の自転車は、ギアを変えた訳でもないのに足取りが軽かった。

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