第20話 アクシデント
春の躍進を受け、甲子園出場に向けて士気が高まった野球部は、今まで以上に目の色を変えて練習に試合に取り組んだ。
チーム内でも要求レベルが高まり、ワンプレー毎に互いに指摘し合うなど、以前には無かったレベルの高い練習となっていた。
僕もその中で生き残るべく、必死に喰らい付いた。身体は生傷が絶えなかったが、高い目標とモチベーションが僕を支えていた。
夏のメンバー発表でも背番号三を貰った僕は、大会一週間前、最後の練習試合を迎えた。
試合は投手戦となり、九回を迎えた。先頭打者は僕。
フルカウントから投じられた変化球を見極め、四球を選んだ。
一塁走者となった僕は、ベンチからのサインを確認した。エンドランのサインだった。相手投手の動きを観察した。警戒している様子は無い。
相手投手の投球動作と同時にスタートした。しかし、金属音は聞こえて来ない。チラッと本塁を横目に見ると、相手捕手からの送球が向かって来ていることが分かった。慌てて滑り込むが、直ぐ側に二塁が有ったため、右足を捻る形になってしまった。
立っているのが難しいほどの激痛が走った。右足が地面に付くと電流が走る。
チームメイトが駆け寄ってきて、僕の状態を尋ねた。僕は走れないと伝えた。その様子を聞いた監督により、交代が告げられた。
ベンチに戻ると、監督が駆け寄って来て、直ぐに病院に行くよう告げられた。
コーチの車で病院に向け出発した。
「三井、今はどのくらい痛いんだ?」
「右足が地面に付くと痛いです。」
「そうか、大事に至らないと良いが…」
これ以上会話は続かなかった。互いにこのタイミングでの負傷は夏の大会には出られないことを何となく察していたからである。
病院に到着し、医師の診察を受けた。
「はい、患部を見せてください。…うん、大分腫れていますねえ。恐らく捻挫でしょう。」
「ちなみに来週大会があるのですが…」
「流石に無理ですね。軽度ではありますが、直前過ぎます。少なくとも来週はまだ安静にすべきです。暫くはサポーターやテーピングを着用すれば日常生活は送れますので治すことを第一に考えて下さい。」
診察を終えた僕は絶望感に包まれていた。
コーチも僕の唯ならぬ様子を察したのか、無言だった。
帰りの車内は不気味なまでに静寂に包まれ、空調の音だけが虚しく響いた。
学校に戻ると、既に練習試合は終了し、監督のみがベンチに座って待機していた。
コーチに伴われて監督の元に到着すると、一旦ベンチに座るように促された。
「で、右足の方はどうなんだ?」
「まぁ、捻挫です。恐らく来週はまだ試合に出れません。」
「そうか、まぁ仕方ない。無理はさせられない。今回はメンバーからは外れてもらう。まずは治療に専念してくれ。明日から治るまでは練習参加も控えてくれ。今は治すことがお前の仕事だ。」
悔しく、虚しい気持ちで溢れたが、身体がついていかないのだから仕方ない。
僕は頷き、グラウンドを後にした。
翌日からは、サポーターとテーピングで足首をガチガチに固めて登校した。
僕の怪我を心配して野球部のチームメイトが沢山声を掛けて励ましてくれた。絶望感で無気力な気分が少し晴れた。
学校が終われば真っ直ぐ帰宅し、只管足を休めた。
一回戦の日、僕はスタンドにいた。試合は大竹の力投もありあっさりと勝ち切った。嬉しい反面、グラウンドに立てていない自分へのもどかしさもあり、複雑な気分であった。
翌日には二回戦。この試合では渡邊さんが粘りの投球を見せて終盤まで同点のまま進んで行った。
九回に南場のタイムリーで勝ち越した浦和第一。裏の相手の先頭打者は初球を叩いてセンター前ヒット。続く打者がバントで二塁に進めた。
ここで内野がマウンドに集まり、何やらやり取りし、戻っていった。
次打者へは徹底的に内角攻めし、ショートゴロに打ち取った。これでランナーは二塁のまま。
次打者は初球を振り抜く。豪快な金属音と共に打球は外野へ抜けていった。レフトの石井さんが渾身のバックホームを見せる。南場のタッチとランナーのホームインはほぼ同時に見えた。
際どい判定となったが、審判は両手を広げた。僕達は落胆し、項垂れる一方、相手ベンチは沸き立った。
尚もランナーは二塁。もう一点も与えられないので、外野も前進した。
しかし、そんな僕達を嘲笑うかのように打球は外野の頭を越した。打球に追い付いた時には既に本塁では走者がチームメイトと抱擁していた。
ゲームセットしたメンバーは、涙を流しながらスタンドに来た。
僕達は全力の拍手と励ましの声で出迎えた。これで先輩達との夏は終わってしまった。
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